暁 鳥たちから解放されたレオン、永久、メイファの三人は彼らの拠点である喫茶店に帰っていた。 カミサマにはそれなりに豪華な籠に入っていただいております。 レオンはマスクにサングラスという出で立ちで依頼主に会うつもりなのだろうか。しかも科学者であるがゆえに白衣を着用している。どう見ても変質者だった。 「レオンは留守番してなよ。その格好はやばいから」 「うん、捕まっちゃうよ!」 「うるせぇ! 猫アレルギーなめんなよ!」 アレルギーを甘く見ていないからこそ猫に近付かなくていいように留守番を提案しているのに……バカなのだろうか。 依頼主にカミサマを届けるまでが依頼内容だから、ちゃんと遂行したいのだろう。その心意気は認めるけど、体裁も考えてほしい。 永久は溜め息を吐いた。 「オマエこそ、なんか言われてただろ。あれはいいのかよ」 十六夜が言っていた。莉音を預かっている、と。あくまで予想だけど、春菜は莉音を巻き込みたくないのだろう。あの村でなにがあったのかをきっと莉音は知らないから。 「よくないんでしょ? 大丈夫だよ。カミサマはあたしたちが責任持って依頼主さんに届けるから!」 だから行ってこいとメイファとレオンは言う。永久は不安だけどカミサマの件を二人に任せて村に向かうことにした。 ■ ■ ■ 焼け野原となった村。家屋などの黒い残骸。それでも覚えている。鮮明に思い出せる。ここにはなにがあったか。あそこには誰が住んでいたのか。今はもうなくなってしまった。 あの火災の中でも比較的無事だった井戸は村の西側にある。その井戸の縁に腰掛けて談笑していたのは莉音と春菜だった。少し離れたところに十六夜もいた。永久に気付いた春菜が莉音にも知らせる。赤い瞳と目があった。 「永久っ!」 「久しぶり、莉音」 駆け寄ってきてくれた莉音は目に涙を溜めていた。永久の服の袖をぎゅっと握って、俯く。 「よかった……はるも、永久も、無事だった!」 「…………」 本当に莉音は知らないのだ。永久は近くにいたから、春菜には動物たちがいたから、剣は当事者だから、知ることができた。でも莉音はひとり海を隔てた遠くにいたから、この村になにが起こったのかを知らない。 「ね、ねぇ……剣は? 無事?」 「……剣も、無事だよ」 井戸から立ち上がって十六夜の方へ行こうとしていた春菜はくるりと向きを変えて莉音の方へやって来た。 莉音は春菜に向き直る。談笑していた時とは全く違う雰囲気の春菜に永久と莉音はたじろいだ。おっとりとしている愛らしい少女が見せた冷たい面。 「剣が、燃やしたんだよ」 「えっ?」 「剣が村を燃やしたの。みんな、みーんな死んじゃった! はるの両親も――」 少女はいびつに笑って言う。 「――剣に殺されたの」 赦さない、とその目が雄弁に語っている。ラウと行動を共にしているのは助けられた恩があるからなどではなかった。春菜は自分の意志で剣と敵対する立場になろうとしたのだ。 優しく寛容なままだと信じて疑わなかった永久は春菜の認識を改める。彼女は幼かった。 目を見開いて驚いていた莉音が一歩下がろうとして尻餅をついた。足がもつれたようだ。 「大丈夫?」 永久はしゃがんで莉音を窺う。莉音は周りを見て震えた声で「これを、剣が?」と言った。 「はるの両親も、永久のお母さんも?」 「…………」 「つ、つるぎの……お父さんと、お母さんも……?」 剣が殺したの? 永久も春菜も答えなかった。殺す気があったのかは知らない。ただ死んでも構わないと思っていたから村ごと燃やしたのだろう。誰ひとり逃すことなく焼死させた。 ぽろぽろと涙を溢す莉音に追い打ちをかけるかのようなことを春菜は言う。 「はるね、莉音がはるをよく思ってないことわかってたよ」 弾かれたように顔を上げた莉音に春菜は優しく微笑む。 「はるが永久と剣に嫌われればいいって思ったことも知ってるよ、気づいてたの」 「っな、んで……」 「でも莉音はこんなはるを嫌いにはならなかったでしょ? 気持ち悪いって思わなかった。それがね、二人に嫌われてもいいかなって思えるくらい嬉しかったんだよ」 春菜は動物と話ができる。それ故か、普通の人よりも感情の機微に聡い。特に『嫌悪』に対しては異常なほどに敏感だった。 「だから、莉音は魔界に帰って」 大切な友だちを巻き込みたくないから関わらないで、と春菜は言う。 永久も莉音を巻き込みたくない。魔女だから自衛くらいはできるだろう。それでも臆病な彼女には争いの外にいてほしい。 「じゃあね」 「また4人で会えないのかな、もう昔みたいに一緒にはいられないの?」 「……ばいばい」 春菜が手を振ると、馬が駆けてきて十六夜と春菜を乗せて去っていった。 ■ ■ ■ 莉音を連れて喫茶店に帰ると、不貞腐れているレオンがいた。メイファは見当たらない。まだ帰ってきていないのか。 「聞いてくれよ、永久!」 「置いて行かれたんだ?」 「そーなんだよ! ひどくね!?」 レオンがトイレに行ってる間にカミサマを届けに行ってしまったらしい。変質者と行動を共にはしたくないから仕方ない。 永久の肩に手を置いていたレオンは後ろにいる莉音に気付いた。レオンは永久を押しやって莉音をまじまじと見て叫ぶ。 「リネ・アーク!!?」 「えっ、はい!」 名前を呼ばれて戸惑いながらも莉音は返事をした。それに対してレオンは嬉しそうに永久の方へ振り向き、言う。 「次の依頼、この子の捜索だったんだぜ!」 カウンターの奥からマスターが依頼書を出してくれた。永久は莉音とカウンターに近付いて依頼書を見た。 依頼主は魔界を統べる魔王、樋口リュウ。内容は『両親の訃報を聞いて休暇を取った緋眼の魔女リネ・アークが帰ってこないので探し出して速やかに魔界に帰してください』と書いてある。急いでいたのか随分と簡素な内容と莉音の写真が貼られていた。 「ごめんなさい」 「莉音が謝ることじゃないよ」 「そうだぜ。それで、どうやって帰るんだ?」 「それが……ホウキが折れて帰れなくなりました」 「……」 「……」 謝ったのはそっちか。 永久とレオンが無言で困っていると、マスターが助け船を出してくれた。 「魔界には船で行けますよ。陛下に進言して手配してもらいましょうか」 三人がほっと胸を撫で下ろすと同時に店のドアが開き、メイファが帰ってきた。 |