百花繚乱 | ナノ

     メイファ


 気が付いたら知らない場所にいた。
 ここがどこでなにをしていたのかも思い出せない。それ以前に自分が誰なのかもわからない。そしていちばん気になるのは目の前の光景だった。

「こ、こないで」

 少年が尻餅をつきながら必死に後退しているのを刀を引き摺りながらゆっくりと追い詰めていく青年。少し離れた所には地面に伏している黒髪と金髪の少年二人、その傍らに狐面をつけた黒装束の青年が立っている。
 助けなきゃ。なんだかよくわからない正義感からか足は軽やかに前に進んだ。

「トキ!! ぐぁっ」
「行かせないよぉ?」

 青年が刀を持ち直し構えたその時、森から少年が現れた。すぐあとに少女が虎に乗って現れ、そのまま少年を下敷きにする。
 驚いて足が止まりかけたけど、今にも斬りかかりそうな青年とろくに抵抗すらできない丸腰の少年の間に少年を守るように立ち塞がった。

「……メイファ?」
「えっ?」
「なんで……」

 何故か自分を見て固まってしまった青年の様子に混乱する。メイファと呼ばれた。忘れていた自分の名前だった。何故、この人が知っているのか、この人は誰なのか、思い出せない。わからない。

「ラウ!」

 狐面の青年の呼び掛けにはっとしたように青年はメイファを蹴り飛ばした。そしてまた少年に切っ先を向ける。

「や、お願い……たすけて」
「君は異世界人でありながらこの世界の人間を危険な目にあわせたろう?」
「……っそんな――」
「お、れをっ、大義名分に、つかってんな、よっ」

 虎の前足に踏まれて動けない少年が必死に言葉を吐くも、ラウと呼ばれていた青年の行動は変わらない。

「十六夜、春菜に目隠しを」
「ん」
「はあい」

 ラウは狐面の青年もとい十六夜と虎に乗っていた少女春菜に一瞥くれてからまた目の前の少年を見据える。春菜はてててと十六夜の元に行き、抱き着いた。十六夜も春菜の頭を抱えるように腕を回す。それが合図だったかのように、ラウは刀を振り降ろしてしまっていた。
 飛び散る鮮血と首。
 メイファはただ横たわったまま見ていることしか出来なかった。

「なんで」
「……」
「なんで、殺したの?」

 少年の遺体が閃光になって消えた。
 ラウは刀を遺体があった場所に刺す。まるで墓標のように。
 体を起こしながらメイファはラウを睨んだ。

「その子、記憶がない。記憶喪失みたいだぜ?」
「……そうか」

 十六夜の言葉にラウはほっとしたように息を吐いた。何故、記憶がないことがわかったのだろうか。驚いて十六夜を見ても狐面のせいで顔がわからない。代わりに春菜と目が合った。
 そして彼らは上空から降り立ったドラゴンに乗って去って行った。それを見送ってから追い掛けるように虎も去っていく。

「クソ……!」

 虎に踏まれていた少年がふらふらと覚束ない足取りで刀の前まで行き、すとんと座り込む。
 地に伏したままだった黒髪と金髪の二人は小さく呻き声を漏らしながら顔をあげ、お互いを見た。

「おい永久、大丈夫か?」
「レオンこそ、頭大丈夫?」
「あ?」
「血が出てるけど」

 ぽたっと頬を伝って地面に赤い染みを作った。レオンと呼ばれた少年の金髪に血が滲んでいる。頭からの出血。止血しないと。メイファは慌ててレオンに駆け寄ると、服の裾を破いて彼の頭に巻きつけた。

「うおぉう誰!? いや、ありがと」
「そっちの人は、怪我してない?」
「ん。頭は大丈夫」

 永久の言い方が気になるけれど見たところ目立った外傷はない。
 二人は立ち上がって刀の前で蹲っている少年を見遣る。永久が声をかけようと口を開いたとき、森の方からまた人が現れた。綺麗な女の人と長髪の男の人が少年に近付いていく。

「間に合わなかったみたいね」
「……すまない、剣」
「いえ、竜央サンのせいじゃないっすよ」

 振り返って力なく笑った剣は立ち上がると永久と目が合った。二人はなにか言葉を交わすことなく、剣が「行きましょ」と竜央にこの場から去ることを促した。綺麗なお姉さんはこちらを見て目を細めたけれど、すぐに竜央の隣に並んで歩いて行った。

「オレらも行こーぜ」
「……うん。きみは?」
「あ、あたしは――」
「行くとこねーなら来いよ。異世界人だろ?」
「イセカイジン?」

 レオンから出た聞き慣れない単語に首を傾げれば、彼は「あー、あとで自己紹介も兼ねて説明する」とメイファに言った。「異世界人って異世界人がわかるの?」と永久が不思議そうに疑問を口にするとレオンはめんどくさそうに「いいから帰るぞ!」と二人の手をとってずんずん進む。

  □ □ □ 

 ボロボロな三人が街の中を歩いていたら目立つ。人々の衆目を集めながら辿り着いたのは小さな喫茶店だった。メイファが物珍しげに看板を眺めているとレオンに腕を掴まれ、永久には背中を押された。カランカランと小さな鐘を鳴らしながら店内に入る。
 店内には優しそうな店主と女性の給仕さんがいた。三人は怪我の手当てと着替えを済ませてからテーブルを囲んだ。

「なんでメイド服なの?」
「それしかねぇんだと」
「すみません」
「着方合ってるかな?」
「大丈夫です」

 女物の服がメイド服しかなかったため、メイファはメイド服を着ている。店主が申し訳なさそうに謝り、メイファは初めて着る服を楽しみながらも合ってるか不安になり、そんなメイファの服を見て給仕が頷いて答えた。

「んじゃ、改めて……オレはレオン。こことは違う世界から来た異世界人。目的は姉探しと自分の世界に帰る方法の研究」

 金髪に銀の眼。天才科学者だったレオンは姉を探しながら世界に帰る方法も探すつもりだったのだが、探すよりも天才的頭脳を活かして研究した方が早いと思ったらしい。この喫茶店の地下が彼の研究室になっている。

「俺は暁永久。目的というか、まあ、父親を探してる」

 赤茶けた髪色と茶色の目。ずっと知らされることのなかった父親について知りたいらしい。

「あたしは……何も覚えてないんだけど、メイファ。たぶん、レオンがいう異世界人だと思う」

 茶髪に緑の瞳。年齢もどこから来たのかもわからない。名前はラウという青年がそう呼んで思い出せたからわかっただけである。なので、いちばんの目的は記憶探しになるだろう。

「なにから話したもんかねぇ」
「俺たちが頼まれてる事柄から順に説明したらいいんじゃない?」
「おー、じゃあまずは……あ、世界女王に頼まれてんだよ」
「世界女王?」

 記憶がないとはいっても一般常識まで忘れたわけではないので『異世界人』のような全く聞いたことのない単語には違和を感じる。女王はわかるけれど、『世界女王』も聞き慣れない単語だった。
 メイファが首を傾げたことにレオンは納得し、永久は不満げに表情を歪めた。

「なんで異世界人は世界女王から説明しなきゃならないわけ」
「オマエらの常識が異世界にまで通用すると思うなよ」

 なんでもこの喫茶店はこの世界の女王様と繋がっているらしい。レオンと永久が頼まれていることとは異世界人に関することなのだそうだ。異世界人に対してこの世界の法律は通用しないので、法律で縛ることも守ることも出来ない。つまり、異世界人は何をしても咎められないが、異世界人には何をしても咎められない、ということになる。それを不満に思ったのが異世界人のラウと竜央である。二人の考えは真逆だが。

「ラウはこの世界の人々が異世界人に脅かされることを嫌っている」
「嫌うなんて可愛いもんじゃねーよ、容赦なく異世界人を殺してんだから」

 ラウの仲間である十六夜と春菜は異世界人ではなく、ラウに手を貸しているけれど異世界人を殺していない。といっても異世界人は遺体が残らないから断言はできないけれど。

「竜央の方は異世界人がこの世界の人に虐げられているのが許せないみたいで」
「こいつも容赦なくて、村ごと焼いたりするんだよ」

 竜央の仲間の綺麗なお姉さんは亜姫というらしい。それと10歳くらいの雛という少女もいる。そして剣。異世界人は竜央だけである。

「どっちも過激なんだね」
「だから理子も問題視したんだろうな」
「もっと穏便にできなかったのかな?」
「穏便って……」

 メイファの純粋な疑問にレオンと永久は呆れて溜め息を吐いた。
 ラウと竜央、異世界人二人を捕らえることが女王からの頼まれ事である。捕らえるまでいかなくても説得できればいい。つまるところ、彼らの行動を止めてほしいのだ。

「ま、そんなこんなでやることないなら手伝えよ!」
「うん! よろしくね!」
「は!? そんなあっさり――」
「おー、よろしくなー!」

 行くところもやることもないメイファはレオンの強引なようでちゃんと考えてくれている誘いが嬉しかった。二人を手伝うのは危険なことも多いだろう。今日見たことを踏まえれば死だって有り得るのだ。それでも――

「たまに関係ない依頼もくるから、気楽に行こうぜ!」
「おー!」
「なんなの……」

 ――もう一度、ラウに会いたかった。会って自分のことを聞きたい。困惑したような表情でメイファを見た理由が知りたい。まるでこの世界にいるのが不可解みたいに言われた「なんで」が気になった。

  
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