百花繚乱 | ナノ

     莉音


 生まれた時からこの村にいた。父と母がなにをしているのかは知らないが家にいないことが多かった。莉音はいらないこどもなのだ。幼い少女がそう思ってしまえる程に家族が揃うことがなかった。

「なにしてんの?」

 誰もいない家にひとりでいるのが嫌で外でぼんやりしていると声をかけられた。顔を上げると、先日引っ越してきた金髪の少年が不思議そうに莉音を見下ろしていた。莉音も金髪だけれど少年ほどきれいじゃない。親に愛されるこどもとの差を見せ付けられたような気分になった。

「おれ、つるぎ!」
「……りね」
「よろしくな、りね!」

 剣と名乗った少年は莉音の初めてのともだちになった。
 好奇心旺盛な剣に振り回されながらも充実した毎日を送ることができた。

  □ □ □ 

 数日後。新しく人が村に引っ越してきた。母子家庭らしい。剣が楽しそうに連れてきた少年は永久と名乗った。落ち着きがあって、騒がしい剣とは正反対だなと思った。

「りねの目、おれの母さんと同じ赤色だね」
「え」
「そーなのか?」
「うん。つるぎは空の色なんだね」
「とわは……」
「むぎ茶?」
「なにそれ」

 ムッと頬を膨らませた永久をつついて剣が笑う。剣が笑うと永久も微笑む。二人が楽しそうだと莉音も楽しかった。

  □ □ □ 

 数年後。また人が引っ越してきた。ふわっと優しそうな両親と幼い一人娘。名前は彼女の母親から聞いた。春菜という。自分のことを「はる」と呼んでいたから莉音たちも「はる」と呼んだ。
 今までは莉音が年下の女の子だった。二人に気遣ってもらえて、お姫さまのような気分だったのに春菜が来てからは変わってしまった。春菜の方が年下で可愛らしい少女だから。別に莉音が蔑ろにされているわけではない。でも莉音は二人が独占できなくなった現状が気に入らない。

「永久」
「んー、莉音? どうしたの?」
「……」

 莉音と春菜、どっちの方が好き? 聞きたいけど知るのが怖い。剣は春菜を選ぶ気がする。二人でよくはしゃいでいるし、春菜も永久よりは剣の方が絡みやすいみたいだから。これで永久が春菜を選んだら、莉音は誰にも愛されない可哀想な子になってしまう。怖い。

「なんでもない。剣とはるは?」
「剣は釣り。はるは見てないなー」

 剣の両親は以前は漁師だったらしく、その名残かよく川に赴いては釣りを嗜んでいる。剣もたまにそれに同行するのだ。
 春菜は週に一、二回ほど姿を見せない日がある。理由はわからない。春菜に聞いても困ったように笑うだけで答えてくれないのだ。剣は心配そうにしながらも詮索はしなかった。

  □ □ □ 

 春菜の秘密を知ったのはたまたまだった。剣と永久とかくれんぼをしている最中にウサギに笑いかける春菜を見付けたのだ。迷子の子ウサギを親元に帰すところだったらしい。気まずそうに話す春菜に莉音は「わ、わたし、仲良くなりたい猫がいて」と切り出した。

「猫と仲良くなるにはどうしたらいい?」

 嘘は言っていない。よく莉音の家にやってくる野良猫はふらりと現れて残飯を与えてやると満足して帰っていく。それ以上の接触はない。もう少し、お近づきになりたいと思っていたのだ。
 春菜はびっくりしたのか目を見開いて固まっていたが、やがてふわりと嬉しそうに微笑んだ。心配していた剣が心労で倒れてしまう前に剣たちにも話そうと提案すると、春菜は怯えたように身を固くした。その反応から彼女がいかに辛い経験をしたのかがわかった。あわよくば永久と剣が春菜を気味悪がって遠ざけてくれれば莉音はまた二人を独占できる。そんな邪な感情を抱えながら「あの二人なら大丈夫だよ」と春菜の背を押した。春菜も隠し事に後ろめたさがあったのか、ゆっくりと頷いた。
 結局、莉音の思い通りにはいかなかったけれど。

  □ □ □ 

 やがて春菜は村を出て動物病院で働くことを選んだ。剣は父親かと突っ込みたくなるほど泣いていた。永久は母親かと思うほど寛容に旅立ちを受け入れていた。莉音は寂しく思いながらも心の奥底では喜んでいた。
 そんな喜びも束の間。莉音に魔界から使者がやってきた。しかも魔界の学校に通わないかという勧誘だった。

「あなたには素質があります。ご両親が普通の人間でいらっしゃるので特待生として入学はできませんが、我がアーク家が費用などは全額負担しますし、どうか考えてみてください」

 アーク家というのは魔界にある名門貴族で魔女や魔法使い、魔術師の卵を見付けては養子に迎えているらしい。つまり、この人は莉音をアーク家に迎え入れたいのである。そして魔女になるために学校に通えと言っているのだ。
 春菜がいなくなってやっと二人を独占できると思った矢先にこれである。世界は莉音に優しくない。両親は諸手を挙げて莉音をアーク家に売りやがったので、莉音は断ることができなくなってしまっていた。

  □ □ □ 

 魔界のアーク家の養女になり、学校にも通って5年で卒業した。優秀すぎたリネは12歳という若さで魔女になった。魔王様より頂いた二つ名は『緋眼の魔女』。それから2年。色々なことがあったけどそれなりに充実していた。
 そんなある日のこと。リネのもとに両親の訃報が届いた。死因は焼死。村が燃えたために焼け死んだのだ。リネは慌てて魔王にしばらく魔界を離れる許可をもらい、すぐさまホウキに跨がって村に向かった。村が焼失したとはどういうことなのか。他の村人は、永久は、剣は、どうなったのだろうか。

  □ □ □ 

 上から見てもよくわかる黒ずんだ土地。村があった場所。焼け野原と化した村に降りたったリネは立ち尽くした。誰も何もない。助かった人がいるとすれば今は何処にいるのだろうか。近くの街か。探そう。永久と剣と春菜を。リネはぎゅっとホウキを握る手に力を込めた。

  
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