それからというもの、ふたつの枕と寝息は並ぶようになった | ナノ

∇ それからというもの、ふたつの枕と寝息は並ぶようになった


 ちいさな頃から弟を守ってきた亮介と、ああ見えて人のことを観察する能力に長けている倉持に勘ぐられ追求されてはじめて、ふたりは恋人のような関係に陥っていることを自覚した。男同士ともなれば、その段階に至るまでにたいそうな葛藤があってもなんらおかしくないのだが、あいにく降谷も春市もあるべきではない恋に悩み神経をすり減らすような性分ではない。かといって、あり余る想いを衝動に任せて言葉で晒してしまうほど、感情的でもない。
 詰まるところは、なんとなくだ。たしか最初に抱きしめたのは降谷だった。口づけを仕掛けたのは春市だ。相手が甘受するから、ふたりのときは自然にそうするようになった。その感情の名前が気にならなくなってしまうぐらいには、心地がよかった。
 付き合っているのだと意識したところですぐになにかが変わる訳でもない。のらりくらり、波に揺られていたら今のアパートの部屋に流れ着いた。朝、はんぶん火の通った目玉焼きを並んで座ってつつく。学校なりバイト先なりに出掛ける。夜、帰ってくる時間がだいたい揃えば、ふたたび並んでおかずの入った小鉢をつつく。残りの時間をリビングでだらだらとすごし、それぞれの部屋で眠る。
 高校時代とは違う距離感にふわふわと浮わつく、そんな生活が数週間つづいた。

 思えば、その日の夜は少し変わっていた。夢に落ちたら朝まで浮かんでこない典型的な安眠タイプの降谷が、夜明け前の闇に染まる白い天井をぼう、と見つめている。ふたたび眠りに振り向いてもらう努力をするのも、いっそのこと起きてしまう気力を出すのも億劫だ。
 こんこん。やる気のない鼓膜を揺らしたのは、遠慮がちなノックの音だ。なんと答えるべきか回らない頭で考えあぐねていると、ひとすじの暖色の光が部屋にきらめいた。細い線はゆっくりと太くなっていき、やがて長方形になる。真ん中の部分が春市のシルエットに切り抜かれている。闇が染みこんだ目の奥がじんと痛んで、無意識に細める。
「降谷くん……、起きてる……?」
「……うん、起きてる」
 ひそめた声の会話はそこでいったん途切れ、すとんと空気が落ちる。降谷が沈黙で返すのはよくあることだが、反対はそうそうない。不思議に思いつつ、追い討ちを浴びせずに待っているあいだに、目が光に慣れてくる。それでも枕を両腕に抱えて俯く春市の表情まで捉えることはむずかしい。すう、と息を吸いこむ音が聞こえた。
「そっち、行ってもいいかな」
「え……」
 そっち、というのは降谷の横たわっているベッドを指しているのだろう。出会って3年と数か月、ふたりはいまだ口づけ以上の関わりを持ったことがない。チームメイトの先輩や後輩に囲まれ共同生活を送りながら野球に明け暮れる日々の隙をついて実現する触れあいといえば、所詮その程度だった。もどかしく思ったことが一度たりともないと言ったら嘘になる。しかし無限の自由を手に入れたら入れたで、いつどこでどんな風に触れればいいのかわからず、戸惑っている。
 暗がりで降谷がこくん、と頷いたのを、春市は気配を頼りに伺い知る。裸の足がひたり、ひたりと境界線を越える中、降谷は身体を壁際に寄せもうひとりが横たわれるだけのスペースを作った。ベッドのふちが柔らかく沈む。
「ふふ、降谷くんの布団の中あったかい」
「小湊くん……」
 慣れ親しみすぎて区別のつかない温度よりも、肩に触れているささやかな体温のほうがずっと気になる。接触面から伝わったのか、あまえるようにすり寄ってきた。なにもこの距離ははじめてではない、寄り添うことはときどきある。布団に蓋をされている、たったそれだけの違いで受け取る感覚は逃げ場を失い、積み重なっていく一方だ。降谷はかたくなに上を向いたままでいる。
「こっち向いてよ」
「……」
「ねえ」
 ごそごそと身体の向きを変えれば、春市の顔が思ったよりも近くにある。枕に散る髪にどきりとする。大きくあいた髪の隙間から姿を見せる強気な瞳は、ほとんどない光を吸収して潤んでいる。
「緊張してる?」
「ちょっとだけ」
「僕も」
 おたがいの背中にてのひらを滑らせ、鼓動を重ねる。ほんとうに朝まで眠れないかもしれない、と思ったのも束の間、あの心地よさに攫われ、囁きは穏やかな寝息へと姿を変えた。



おわり

最後までするのはもうちょっと後。同棲初期なので、まだ小湊くんと呼んでいます。春市に変わるエピソードもいつか書こうかな。2012.07.25

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