やわらかな許容 | ナノ

∇ やわらかな許容


 透きとおる青空はひときわ高く、ちらほらと浮かぶ白雲を気ままに泳がせる。
 降谷と春市は、のんびりと歩いている。時に急かされることも、目的の場所を持つこともなくただ歩く様子は、真上の雲とそっくりだった。ゆるやかな風が通りぬけるたびに、どこまでもまっすぐにつづく道に沿う並木の葉がさわさわとそよぐ。
 恋をしあっている同士らしく、指を絡めて手を繋いでいる。降谷がぎゅうと握り直せば、春市は首を傾げてこちらを見上げてくる。とくに言いたいことがあるわけではない、こうしているのがうれしくてつい確かめたくなっただけだ。汲んだ春市は、口の両端を持ち上げゆったりとした笑みを返す。それから照れたように俯き、繋いだ手を降谷のものごとちいさく揺らした。
 そしてこころを読む。
「こんなのもたまには悪くないね」
「うん……」
「たまにじゃなくて、いつも?」
「なんで、」
「それぐらいわかるよ、降谷くんだもん」
「春市も……?」
「……あ!」
 春市もほんとうはいつもこうしていたい?答えを言葉にするより早く、春市の興味は道の遥か先に見つけたなにかに奪われてしまった。それに向かって駆けだす。繋いだままの左手にいざなわれるように、降谷は背中を追いかけた。
「どうしたの?」
「いいからこっち」
 走る速度に、葉の輪郭がぼやけて滲みだす。春市が地面を蹴るのに合わせて、ふわりふわりと桃色の髪が踊る。自分たちが前に進んでいるのか、はたまた周りの景色が後退しているのか曖昧になるころ、木々がふと途切れ瞬く間に視界が広がった。
 淡い緑の草が一面に広がっている。白や黄の名も知らない花はあちらこちらでほころび、空を仰ぐ。ようやっと歩調を緩め、光に引き寄せられるように、真ん中にぽっかりと横たわる陽だまりに足を踏み入れた。名残惜しい気を残しつつ手をほどきそっと腰を下ろすふたりを、大地はあたたかく迎え入れる。
 後ろに両手をついて、花よろしく空を仰ぐ春市がぽつりと呟く。
「僕も、かな」
「…………」
 話題についてこられるまで、暫しの時が流れた。はっとして見つめた横顔はほのかに染まっている。
 じわじわと広がる感動にも近い情をうまく言葉に転じることすらできずに、降谷は焦れる。それぐらいわかるよ、降谷くんだもん。さきほど春市がこともなげに告げたひと言が今になってよみがえってもなお、伝えたいという希望が褪せることはない。さてどうしようかと視線をさ迷わせて、鮮やかな色が目に留まった。
「春市、これあげる」
 摘んだばかりの花を差し出せば、春市はいささか驚き、そして相好を崩す。
「ふふ、ありがと」
 花弁の下で指先が触れあう。受け取ったそれを鼻先に近づけ纏っているシャツの胸元のポケットに差し込む、流れるような仕草に惹かれた。
「降谷くん……」
 ぐいと近づいた春市が黒髪を梳く、心地のよい優しい刺激に降谷は目を細める。
 その手が不意に項で動きを止んだ。ごくごく近い距離で呼吸の音がして、あ、と思ったときにはもう降谷の唇は奪われていた。あっさりと退いていこうとするのを、背に手を回してすんでのところで繋ぎ止める。角度を変えて降谷のほうから重ね直す口づけに、春市がちいさく鼻を鳴らす。項にとどまる、引き寄せていたはずの手はいつしか縋っている。
 目蓋を閉じていても透ける光に、世界が白んでゆく。


 目蓋を開けばあたりはとっぷりと暗く、降谷はぱちぱちと瞬きをくり返した。透き通る空や、一面に広がる草、鮮やかな花はまるで幻のように果敢なく消え失せてしまった。
「あれ、夢……?」
 なんていい夢を見たのだろう、とぼんやりと惚ける。しかし同時に、今見たすべては現実には起こっていなかったこと、また醒めてしまった以上それはもう2度と戻ってこないことを知ってがっかりする。
 よもや春市まで消えていやしないか、ひやりとして横たわっている身を起こそうとして気がつく。
「…………」
 苦しいほど腕を食い込ませて、まさにその人がべったりと張りついている。あんな夢を見たのはこのせいか、とようやく納得がいく。春市の夢は壊してはならないと慌てて動きを止めて息を潜めるが時すでに遅し、巻きついていた腕は目元を擦るべく離れていった。あくびのような深い息をつく。
「降谷くん……?」
 起こしたことを謝ろうとする矢先に、先回りをされる。
「……さっきは、ごめんね」
 言われて思い出す。
 学校から帰ってきた春市はどういうわけだか機嫌が悪く、些細なことに目くじらを立てたりきつい言葉を放ったりと、やたらに冷たい態度を取っていたのだ。心当たりのない降谷は少なからず傷ついて、晩ごはんを済ませた後はそそくさとひとりで風呂に浸かり、早々にベッドに潜り込んだ。いわゆるふて寝である。
「ちょっと嫌なことがあって。……降谷くんは悪くなかった。意地悪なこと言ってごめん」
 ほんとうはもっと早く謝りたかったんだけど、と付け足す。ふて寝をしている降谷を起こすこともできずに待っているあいだに、疲れていた春市まで眠ってしまったらしい。
 冷たくあしらわれ悲しい思いをしたことには変わりはないが、夢で春市といい時を過ごすことができたのだからまあいいか、と思い改める。あの美しい景色はまやかしでも、告げられたことは恐らく真実だ。その証拠に向き直って手を取れば、自然に握り返してくる。畢竟、降谷は春市にはどうしようもなくあまいのである。
 許容を示すべく、額のあたりに髪の上から口づけを落とした。


 
おわり

先日の絵チャの花畑から生まれたお話。けんか中&夢オチというすてきなアイディアをくださったのはマッカさん。あんど、いつもはいっしょにお風呂に入っているというわたしのくだらない主張。2012.11.28

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