用和為貴
━━畜生、痛ェ。
ドラクールは自身の手首に触れる。其処は酷く擦り切れていて、乾ききっていない捲れた瘡蓋(カサブタ)からは血が滲んでいた。
前回の、脱走以来。彼は四肢を鎖に繋がれてしまい、自由は完全に奪われた。
だが、それも致し方の無い事であると、受け入れていた。
━━あいつ、たまには早起きしてくんねェかな。
鬱陶しそうに手枷に繋がれた鎖を引っ張って台所まで移動すると、空っぽの胃袋に水を流し込んだ。
「済まない。寝坊した。」
その蜂蜜色の髪に酷い寝癖を付けたままのリュユージュが朝食を手に、ドラクールの部屋に飛び込んで来た。
「大丈夫だ。そんな事、わざわざ言われなくても知ってる。」
空腹から来る苛立ちに任せ、ドラクールは少しの嫌味を言う。
しかしリュユージュから返って来た答えは、彼の予想とは全く違うものだった。
「そっか、未来が分かるんだもんね。」
その言葉に対し、ドラクールは不快そうに眉を顰める。
「…俺は自分の未来は視えねェんだよ。」
「へえ、そうなんだ?」
リュユージュはテーブルに朝食を並べて行く。しかしそれは到底、ドラクールが一人で食べ切れる量ではなかった。取り皿が二つ用意されたのを目にして、彼は呆れた。
「あんた、何やってんだ。」
「ブランチ。」
「そうじゃなくて、何であんたまで此処で食べようとしてるんだ、って意味だよ。」
「逆に聞くけど、」
リュユージュはバスケットから、ベーグルやクロワッサン、そしてデニッシュなどの様々なパンを取り出す。
「どうして、僕がここで食べたらいけないの?」
「は?」
ドラクールはただ呆然と、大皿に並べられて行く色々な種類のパンを眺めていた。
暫くの後。空腹に負けた彼はじゃらりと鎖を引き摺りながら、パンの一つに手を伸ばした。
「それにしても、君ってベジタリアンなんだね。」
「別に好きで野菜しか食わないんじゃねェよ、肉が食えないだけだ。」
「アレルギー?」
「いや、そうじゃなくて。」
ドラクールは手にしていたパンを皿に置き、目を伏せる。
「俺、腐った人の肉を食って生きてたから。」
「なにその、面白くない冗談。」
そう言うリュユージュの表情を盗み見るも、感情は読み取れなかった。
「俺としても、冗談だったら助かるんだけどな。」
彼は自嘲気味に苦笑を漏らした。
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