人間青山
廊下から、こつこつと革靴の踵を鳴らして歩く足音がドラクールの耳に響いた。
リュユージュの訪問だと、未だ微睡む彼は知る。
「おはよう。」
「…ん。」
リュユージュは食材の入った籠をテーブルに置くと、いつもの様に軍服の上着をベッドへと放り投げた。横臥しているドラクールの足元に、その重さが伝わる。
「お?」
寝惚け眼を擦りながらリュユージュの温もりの残る上着を手に取ると、ばさりと広げてそれをしげしげと眺めた。
十字軍の軍服が開襟の白茶色であったのに対して、海軍の軍服は詰襟の濃紺色をしている。
シャツの袖を捲り上げて朝食の支度をするリュユージュに改めて視線を移すと、彼は同色のスラックスを身に付けていた。
「いつもと違う。」
「最近、やっと自分でも見慣れて来たよ。」
「こっちのが似合うかもな。お前、髪も肌も薄いし。」
ベッドから下りたドラクールは欠伸をしながらテーブルに移動すると普段の様に頬杖を突き、慣れた手付きで料理を拵えるリュユージュの背中に話し掛ける。
「何で制服が変わったんだよ?」
「僕の今の所属は、海軍なんだ。」
「へえ、海軍?何でまた。」
「十字軍には水軍がないからな。外征を行う為の訓練を受けている。」
「がいせい?」
聞き慣れない単語にドラクールは首を傾げて、その意味を問う。
「外国で戦う事だよ。」
その言葉を聞いた途端にドラクールは勢い良く椅子から立ち上がると、眉を顰めてリュユージュに詰め寄った。
「お前…、まさかわざわざ戦争を起こそうってのか!?」
背後からの強い剣幕の口調に、リュユージュは調理をする手を止めて振り返る。
「勘違いするなよ。僕は世界を支配したい訳でも、無益な殺戮がしたい訳でもない。賛仰する人物に、天辺を取って欲しいと願っているだけだ。」
「良く分かんねェけど、戦争なんて結局はただの殺し合いだろ!?何でそんな事すんだよ!?」
ドラクールがこういった内容に理解を示さないであろう事は、完全に想定内だった。リュユージュは彼からの罵声や侮言を覚悟をして発言したのだ。
「もしかして君は、善と悪が戦うのが戦争だと思ってる?」
リュユージュは再び調理に取り掛かる為、くるりと背を向けた。
「『勝てば官軍、負ければ賊軍』だ。と言うか、そもそも戦争に善も悪もないんだよ。」
「言ってる意味が分かんねェ。」
怒気を含んだ口調のドラクールは拗ねた様に頭からすっぽりと毛布を被り、それ以上の会話を全身で拒否した。
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