千里結言
"事故"から約十日。
リュユージュは毎朝の習慣として珈琲豆を手にするも暫し悩んだ後、元の戸棚に戻した。
━━刺激物…になるのかな。一応、止めておくか。
彼は珈琲を淹れる為に注いだ水を、そのまま飲み干した。
簡単な朝食を済ませて、身支度を整える。
そして目深に帽子を被ると伊達眼鏡を掛け、滅多に利用しない列車に乗り込み、とある場所へと向かった。
翌日。リュユージュは発熱して、一日中就床していた。しかし此れを予想して予め有給休暇を取得していた為、問題は無かった。
更に、その翌日。
すっかり解熱した彼は、正装の軍服に身を包む。上半身に巻かれた包帯が、カッターシャツを着る時の邪魔になった。
「悪ィな、こんなモンしかねェや。」
ヴィンスは書斎を訪れたリュユージュに対し、使い捨て容器に入った食堂の珈琲を差し出す。
「どうぞ御気遣いなく。」
「俺んトコ、酒しかねェかんな。」
戸棚には、高価そうなウィスキーやブランデー等がずらりと並べられていた。
「酒は得意ではないので、即席でも珈琲の方が有り難いです。」
「ん。そりゃ仕方ねェ、遺伝だべ。ま、この時代に水代わりに酒積んでるって訳でもねェし、飲めんくても困らんよ。」
ヴィンスは葉巻を吹かしながらそう笑むと、時計に視線をやる。
「しかし遅ェな。呼びに行かせて、もうかなり経ってんだが。」
「彼も優先すべき職務がある立場でしょうから、突然呼び出されても直ぐには現場を離れられないのでしょう。」
「へェ?ヒルデの息子とは思えん発言だな。アイツにお前の爪の垢を飲ませてやりてェよ、俺ァ。」
そんな、取り留めのない世間話の途中。
書斎の扉が叩かれた。
漸く、彼等二人の待ち人が現れた様だ。
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