不羈奔放
ヘルガヒルデがヴェラクルース神使軍を退職した当時の階級は元帥、役職は第一隊隊長であった。
その秀逸な戦闘能力により、彼女は最高の地位を得たのである。
そして、現在。
ヘルガヒルデの退職と同時に、第一隊は解体された。それから既に数年が経過しているのだが、未だに再構成はされていない。
理由は、一つ。
隊長に任命出来るだけの人物が、誰一人としていないからだ。
それは、当初より長年に渡って副隊長を務めたバルヒェットは疎か、息子であるリュユージュとて決して例外ではない。
ちなみに、ヘルガヒルデは国賊や外敵だけに留まらず、味方である筈の王国軍からももう一つの異名である『殺戮の軍神』とも呼称されている。
彼や是やと説明しなくとも、彼女が如何なる人物であるかが良く伝わるだろう。
「質の悪い冗談かと思ったのに。」
軍営の応接室。
来客の為の上等なソファに遠慮なく深々と腰を掛けているヘルガヒルデの前に姿を現したのは、彼女の来訪の報告を受けたリュユージュだった。
「随分だなあ、リューク。親に向かってその顔は何なんだい?」
「貴女が何を言ってるのか分からない。僕の顔はいつでも同じだよ。」
不満を顕わにするヘルガヒルデを意にも介せず、リュユージュは自分の言葉の通り無表情のまま歩み寄った。
「いいや。君は今、俺の事を鬱陶しいと感じてんだろ。そこまであからさまな態度を取られると、さすがに傷付くんだけど。」
ヘルガヒルデは大仰な溜息を吐きながら、リュユージュの後方に視線を移す。其処には、彼に付き従うバルヒェットが居た。
自身の部下として、或いは無二の戦友として。
良く知る、彼の顔。
しかし当時より、幾らか皺が増えている。
昔を懐かしむ様にヘルガヒルデは暫し目を細めていたが、ふと口を開く。
「一体どうして、俺の息子はこんなにも捻くれちまったんだい?」
言葉とは裏腹に、何処か快然とした彼女の声遣。その沖融たる表情に、バルヒェットの目元はつい緩くなる。
「そうやって他の誰かに聞くより、自分の胸に手を当てて考えた方が建設的だよ。きっと、すぐにその原因が分かる。」
「さっきから一丁前な事を。君、小さい時はめちゃくちゃ可愛かったのになあ。」
「そういうの、止めてくれない。」
リュユージュの表情に一切の変化は認められないが、先程から非常に不快そうな態度の彼に対して尚、ヘルガヒルデは未だ口を閉じようとはしない。
「人見知りが酷くてさ。いつも俺の影に隠れてて、絶対に手を離さなかったんだぞ。」
「本当に気分が悪いから止めて。吐きそう。」
側で二人の会話を聞いているバルヒェットは、更に口角を上げた。
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