咫尺天涯
彼等四人は街での食事を終え、連れ立って宿屋に戻ろうとリブレ港の岸壁付近を通りがかった、その時。
アンバーとロザーナは同時に足を止め、一様に無言で一方向を凝視していた。
「おい?」
二人の歩みが止まった事を不審に思い、セブンが声を掛ける。しかし、返事は無い。
セブンが彼等の視線を辿る。その先には、一艦の巡洋艦。
「あの軍艦がどうかしたのか?」
「あ、ああ…。いや、何でもない。悪いが、先に戻っててくれまいか?」
ロザーナがそう口を開くも、彼女は意識を軍艦に向けたままだった。隣のアンバーも同様、目を剥いて艦首旗から視線を外せずにいた。
「な、何故…━━、」
ロザーナが呟いた瞬間、巨大な影が背後からぬうっと現れた。驚いた彼女が声を上げる。
「うわっ!」
影の正体は、かなり体高のある尾花栗毛の馬だった。
一直線にアンバーを目指して走り寄って来たと思しきその馬は二人の間に割り込み、すっかり興奮しきった様子で彼に撫でろと言わんばかりに頻りに顔を擦り付けて来る。
「え…っ、…、な…!?」
アンバーは我が目を疑い、言葉に詰まった。
「待ってくれよーっ!!」
すると後方から、馬を呼ぶ男性の声が聞こえた。
アンバーは咄嗟に首に巻いていたストールを素早く鼻まで引き上げる。同時に束ねていた髪を解いて下ろすと、それを態と掻き乱して極力素顔を隠した。
「ああっ、すみませんっ!いきなり逃げ出しちゃって…!」
馬が来た方向から、行き交う人々の間を縫う様に白茶色の軍服を着用した若い男がはあはあと息を切らしながら現れた。
その目に慣れた軍服は、万一にも紛れ無く、ヴェラクルース神使軍のそれである。
嘗ての自分の姿が脳裏に蘇り郷愁の想いに駆られた彼は、長い前髪の下でひっそりと琥珀色の瞳を細めた。
━━分遣隊か?アレグレには大使館があるからな…。
「ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした!」
隊員は未だ不慣れな敬礼をした後で手綱を取り引こうとするも、馬はアンバーの側から離れず動こうとしなかった。それどころか耳を伏せて低く唸り、歯を剥き出しにして抵抗の意を示している。
「ど、どうしたんだよ、エレナ!いつもは言う事聞くのに!」
━━へえ、随分と若いのが世話をしてるんだな。新卒か?
隊員を横目にアンバーが左手を伸ばしてその首筋を撫でると、馬は途端に温和しくなった。
そして更に彼の顔に鼻を寄せて甘える仕草を見せた。しかしアンバーはそんな馬を半ば無理矢理に引き離すと、確りと視線を合わせて低い声でこう言った。
「行け。主を困らせるな。」
「あ、いえ、この馬の主は自分ではなく━━、」
アンバーの真意を汲み損ねた隊員が彼の言葉を否定しようとした、途中。
「大丈夫かい、ノエル。何やってんの?」
隊員を呼ぶ人物が現れた。
逆光に視界を塞がれ、その人物の素顔までは拝めない。眩しい日差しに目を射られたアンバーは、左手を額に翳した。
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