愛月撤灯
乾燥した旋風が、アンバーのジャケットを揺らす。出立する時に磨いた筈の革靴は、砂埃によって既に汚されていた。
「おかえり、クォーザイト。もうケガは大丈夫?」
これまでの態度を一転させ、ビオレッタは全身で彼を歓待する。更には腕を絡めようとして寸前で思い止まり、それを引っ込めた。
「え、ええ。おかげさまで。」
そんな彼女の言動に、アンバーは困惑を隠せない。
「お腹空いてない?何か食べに行こうよ。」
現在の時間は、午後二時を少し過ぎた頃である。日没迄の帰着をと指示されていた為、彼は若干早く立ち戻った。
「直ぐ、用意させます。」
顰めっ面のエヴシェンが二人の間に割って入る。
「いいよ、いらない。ねえ、クォーザイト。いいだろ、付き合ってよ。」
「え、しかし…、」
「はい!着替えるからみんな出て!早くしないとパパに言い付けるよ!」
アンバーはエヴシェンに指示を仰ごうとするも、彼は彼でビオレッタの対応に追われていた。
「お、お嬢様…!?」
ビオレッタはぐいぐいとエヴシェンの背中を押すと、他のガードと共にドアの外に追い出した。
「ラウンジで待っててね!」
彼女は隙間からアンバーに手を振ると、満面の笑みを添えてドアを閉めた。
「あの、チーフ。」
廊下にて、アンバーは遠慮がちにエヴシェンの背中に問い掛ける。
「下のラウンジだろ、行け。」
彼は頭を抱え、大きな溜息を吐いた。
「今はホテルの全ての入り口にガードを立たせているから、さすがに何も起こらないだろう。」
「いえ、問題はそこではなくて。」
アンバーが自分に対して杞憂の表情を見せるとは、エヴシェンとしてはかなり心外だった。その様は余計に彼を苛立たせ、更に眉間の皺を深くした。
「『子供』と茶をしばくだけだろうが。」
「その失言は謝罪します。しかし、問題はそこでもありません。」
アンバーは焦燥感を隠さず、こう言った。
「所謂、吊り橋効果をご存知ですか?」
「あー、知ってるよ!いいから行け!」
アンバーは危疑と暗鬱を抱きながらも、致し方なしに温和しくラウンジに向かった。
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