炉辺歓談
荷車が通る度に未舗装の道路から白煙の様な土埃が舞い上がる、プエルトの首都アレグレ。近頃は日脚が伸び、朱を含んだ紫陽花色の夕空が街に広がってた。
アンバーは紫煙を吐きながら、急用により街の中心部に来ていた。
ふと、自分と似た出で立ちの男達が周辺に溢れ返っている事に気が付き、彼は目的地に到着した事を知った。
━━ああ、ここか。
通行の妨げになる程に飾られた、沢山の花輪。その数の多さは、生前の彼の権力を物語っていた。
━━首領(ドン)は伊達じゃなかった様だな、パラッツィ。
急用とは、パラッツィの葬儀だった。訃報を聞き付け、アンバーはアレグレに戻って来たのであった。
ずらりと並ぶ花輪を横目に受け付けへと向かうと、丁度見知った顔の男がアンバーの目に入った。ビオレッタのボディーガードの一人だ。
「ご愁傷様。」
声を掛けると、男は息を呑んだ後でその名を呼んだ。
「ク、クォーザイト…!?」
アンバーは左手をスラックスのポケットに突っ込んだまま、右手で芳名帳に記名を済ませた。
「チーフとお嬢様は?」
「ああ、葬儀場の控え室の方に。」
男はその建物を指差し、彼に示した。
「おい、クォーザイト。お前、これ…?」
ふと、芳名帳に記された名を目にした男が彼に声を掛ける。
「ん?ああ、俺の本名だよ。ドンは、その名がとてもお気に入りだったからな。餞別だ。」
”Leonhard Keiser”
眉間に皺を寄せた表情しか見せて来なかった彼の、最初で最後の微笑だった。
「チーフ。失礼します。」
控え室の扉をノックして暫く待つも、中から返事はない。
アンバーは、遠慮なく扉を開ける。
彼の視界に飛び込んで来たのは、ソファに横たわる真っ黒なドレスの傍らで項垂れるエヴシェンの背中だった。
「失礼。」
再度、扉を内側からノックする。勢い良く振り向いたエヴシェンは、刮目して驚愕の表情を見せる。
「…!?クォーザイト…!!」
「てっきり、誰も居ないのかと。」
「あ、ああ。すまん、ぼんやりしていた。」
エヴシェンは額に掛かる前髪を掻き上げながら、立ち上がった。傍目にも色濃く滲む、疲労感。
「お呼びでないのなら悪かった。ただ俺なりに、彼には世話になったからな。」
アンバーはビオレッタに近付くと、膝を折ってその顔を覗き込む。彼女は深く、眠っていた。
「色々とごたごたしていてな。丁度良かった、お前に話しがあるんだ。」
「俺はない。ドンに弔辞を告げたら、直ぐに行く。」
エヴシェンは苦笑を漏らす。
「お前は相変わらずだな。五分…、いや、三分で良い。一服に付き合ってくれ。」
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