既往不咎



ギルバートはリュユージュの屋敷の正門の前で、彼が帰宅するのを待っていた。

━━あんな凄い家に一人で住んでるってのか、隊長さんは…。

広大な庭園の向こうの豪邸に、ギルバートは目を奪われていた。



暫くすると、制服姿のリュユージュが軍服の男と共に歩いて来た。

変わらないリュユージュの姿を目にしたギルバートの胸中は、彼に対する懐旧の念と感謝の意で一杯になった。

しかしギルバートに接近するにつれ、リュユージュは徐々に表情を強張らせて行った。彼の翡翠色の瞳は、明らかに動揺している。

注視していないと見逃してしまいそうな程に非常に乏しいものではあったが、その変化に気が付いたギルバートは自分は彼の前に現れてはならなかったのだと、瞬時に悟った。



「…。」

無言でリュユージュから顔を背け、立ち去ろうと歩き始める。

歓迎してもらえるのでは、という期待を抱いていた自分の行動は安易だったと、ギルバートは後悔した。






軍服の男は、すれ違おうとするギルバートに視線を注ぐ。そして、気が付いた。

「あれ?お前もしかして、あの時のバースの囚人じゃね?」

その声に振り返ったギルバートの視界に再び、リュユージュが入る。

彼は俯いている為、読み取り難いが硬い表情である事は間違いなかった。

「ちょっと待てよ、どういう事だ?お前、リュユージュを待ってたのか?」

軍服の男は素早く、ギルバートの腕をがっしりと掴む。そしてそれをぎりっと捻り上げた。

「釈放されて秒で報復ってか?」

「え!?い、いや、まさか報復なんて…!お、俺はただ━━…、」

ギルバートは酷く狼狽しながら、縋る様な表情をリュユージュに向けた。

「いくら何でも、真正面から僕を襲う馬鹿はいないと思う。」

男は有無を言わさず、ギルバートを不審者と決め付けて連行しようとした。リュユージュはそれを阻止するべく、鋭い視線を男に向けた。

「はあ?じゃあ、こいつ何なんだよ。」

「君には関係ない。」

リュユージュはギルバートを背に庇うと、男を威圧した。

「僕をゆすりたいならそうすれば良いけど、それ相当の覚悟と犠牲の準備をしてからにしなね。」

「おいおい、勘弁しろよ。ゆするとか、人聞きの悪い。」

「ゆすると言うより、告げ口って言った方が良かった?」

尚もその鋭い視線で貫き続けるリュユージュに対し、軍服の男は見え透いた虚栄を張る。

「ふん。お前、おとなしくしておいた方が身の為だぜ。」

それを捨て台詞と呼ぶには、余りに滑稽だろう。






ギルバートはまだ記憶に新しい、軍服の男の背中の碧玉色の末広十字を暫く見ていた。

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