呉越同舟
木造の裁判所は充分過ぎる程の古色を帯びており、その扉を開けると黴臭い空気が淀んでいた。
「被告人、ロザーナ・レジェス。」
法廷に立たされたロザーナは、極めて冷静な態度で判決を待っていた。
「最後通牒及び宣戦布告無しに、非武装地域及び非武装国民を攻撃、殺害したとして、交戦開始法違反及び国際平和維持法違反による相当法条適用の上、被告人に死刑を宣告する。」
判事を勤めるルーヴィンは低く響く声で、判決を言い渡す。
ロザーナは不服なく、それを受け入れている様子だった。
「但し、バレンティナ公国大公 シエルラ・バレンティナによる租借地返還の申し立てにより、これを免訴とし公訴を打ち切りとする。明日午前八時、正式処分を通告する。これにて閉廷。」
最終判決を聞いた彼女は酷く取り乱した表情で、目を見開いた。
「な…っ!?」
「被告人の陳述は認められていない。閉廷を宣言する。」
ルーヴィンは書類をまとめると、その場を後にした。
「ま、待て!待ってくれ!」
尚も言葉を発するロザーナに対し、クラウスが歩み出て来て厳命を下した。
「警告の無視は厳罰の対象である。」
そして彼女の正面に厳めしく立つと、自分の方に向かせた。
「愚者に成り下がると言うならば、言質を認めるが。」
彼女は口の端を固く結び、俯いた。
翌日、午前八時。
ロザーナ以下十八名の捕虜は、「強制送還」を通達された。
用意された巨大な帆船に、彼女達は順番に乗り込む。
「縦帆か。しかし遠洋航海だろう?速度、出ないだろうに。」
積み込みの監視をしていたクラウスは、そうレオンハルトに声を掛けた。
「ええ。推進力は横帆に比べて劣りますが、今回の航路は険しい断岸の直ぐ側を通ります。縦帆は向きを変える事で船に旋回力を与える事が容易で、角度を調節する事により真逆風から±30度の範囲の外、つまり全方位360度のうち300度までであれば何処へでも進む事が出来ます。故に今回、自分は縦帆を選択致しました。」
「…私が悪かった。お前に意見したつもりはない、勘弁してくれ。」
レオンハルトは飽くまで固有の機能の説明をしただけであって彼には反論の意志など微塵もなかったのだが、クラウスは圧倒された様だ。
「お前の海と船に対する知識は大したものだ。航海の無事を祈る。」
レオンハルトはクラウスに敬礼をすると、出航の準備を始めた。
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