敢為邁往
指定された時間に合わせ、リュユージュは身支度を始めた。
彼が箪笥より取り出したのは普段の軍服でもなく、寵姫達から贈られた洒落た衣服でもなく、不織布のカバーが掛けられた真っ白な礼服だった。
これは非常に上着の丈が長く、踝にまで届いている。
裾から腰の辺りまで両脇に切れ込みが入っているのでただ歩く分には問題ないが、片手で数えられる程度しか身に付けた事のないリュユージュは、やはり邪魔だと感じた。
揃いのスラックスは細身で窮屈だし、厚手の肩当ては腕の動きを制限した。
それにやはり白という色には気を遣わせられ、姿見の前で入念な全身の点検を繰り返す。
━━髪、切らなきゃな。
最後に柔らかい癖毛を手櫛で整えると、彼は王宮へと向かった。
リュユージュは左膝を立て、右膝は床に付いて御前に跪いた。
神に祈りを捧げる時は両膝を折るが、御前では謀反の意思が無い事を示す為、この形式が取られている。
何故なら、帯剣して左膝を立てると抜刀が非常に難しい。
つまり騎士が左膝を立てる意味合いとは、忠義を誓う事を明示しているのだ。
「ほう。何事かと思えば、珍しい事もあるものだな。」
リュユージュからの初めての報奨の要求に、フェンヴェルグは目を見張った。
「それにしても、恩赦とは。」
フェンヴェルグは未だ疑念を抱いた表情をリュユージュに向けた。
「まあ、良い。取り計らう事を約束しよう。」
王宮からの帰途、リュユージュは軍営に寄った。
「リュユージュ隊長。」
彼の正装姿にレオンハルトは事情を察した。
「聖王は承認して下さった。後は合議機関が、どう裁決するかだ。」
「そう…ですか。」
「まあ、賭けだよね。仕方ない。」
だがその口調は決して、諦念を含んだものではなかった。
「自分も何か、お力になれれば良いのですが…。」
レオンハルトは視線を落とす。賤民の出身である彼には聖王に謁見する権利すら、無い。
「大丈夫だよ。」
立ち去るリュユージュの背中を、ルード家の定紋である翡翠色の生命十字が鮮やかに彩っていた。
レオンハルトはこの定紋を見る度に、初めて目にした日を鮮明に思い出す。
それは同時に、彼等が会した日でもあった。
海賊討伐を任務とする連合艦隊の艦長に任命されたリュユージュと、悪名高い海の覇者として君臨していたレオンハルトの、対極を歩む彼等の人生が交わった瞬間を。
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