真一文字



目を覚ましたリュユージュの視界に先ず飛び込んで来たのは、木製の見慣れない低い天井だった。

体を起こすと、毛布が滑り落ちた。ひんやりとした冷たい空気が彼の腕に触れる。

保温材を詰めただけの簡易式の寝具の所為か、身体中が軋んだ。

野営の仮設小屋の外に出ると、戦渦とは無縁とばかりに枝葉の影で小鳥が囀っている。

リュユージュは顔を出し始めたばかりの朝日を浴びながら、大きく腕を伸ばした。



朧な薄明の中、隊員達と共にレオンハルトが朝食の支度をしようと火を熾こしていた時。

「お腹空いた。」

「リュユージュ隊長!おはようございます!」

「リュ、リュユージュ閣下!?」

寝癖の付いた蜂蜜色の髪を掻き上げながらリュユージュが背後から声を掛けると、隊員達は一斉に驚愕の表情を見せた。

それは単に彼が突然姿を現した事に対してだけではなく、左腕の状態によるものでもあった。

「リュユージュ閣下!血が…!」

「なかなか止まりませんね。お休みの時にも一度、包帯をお取り替え致したのですが。」

レオンハルトは薪を置き、立ち上がった。

「ああ、これ?まだ鏃が刺さったままだからね。帰還してすぐ出陣だったから、切開して摘出する時間がなかったんだ。」

彼は事も無げに、血塗れの左腕に視線を移した。



レオンハルトとリュユージュは処置の最中、言い争っていた。

「毎度毎度、小言ばっか。いい加減にしてよ。」

「そっくりそのままお返しします!何故、早く仰って下さらなかったんですか!」

「君に言ったところで、出血はどうしようもないだろ。」

「そういう意味ではございません!」

リュユージュの中に小さな報復心が芽吹いた。






出来上がった朝食をぺろりと平らげたリュユージュの元に再びレオンハルトが顔を出し、敬礼をする。

「デイ・ルイスの民兵が、是非ともリュユージュ隊長に直接お礼を申し上げたいと願い出ております。」

レオンハルトが示した先には、自警団を始めとする数人の男達が居た。

リュユージュが立ち上がると彼等は此方に向かって来て足下に跪き、頭を垂れた。

自警団の男が口を開く。

「貴方様が何方様かお顔を存じ上げず、ご無礼を申し上げた事をどうかお許し下さい。」

こなす公務が多いルーヴィンやベネディクトとは違い、リュユージュが王都を離れての公の場に現れ出る機会は、殆どない。

故にその異名は世間に広く知れ渡っていても、地方の一般庶民は彼の顔までもは認知していないのが現状だ。

「僕に出会った者は必ず死ぬって言われてるんだから、誰も僕の顔なんか知らないと思うけど。」

レオンハルトはあからさまに大き過ぎる咳払いをした。

「なに笑ってるの。」

「いいえ…。」

リュユージュは野営に戻ろうと踵を返し、肩越しに振り返る。

「僕は、将軍に与えられた任務を遂行しただけだ。個人的に礼を言われる理由はないよ。」

立ち去ったリュユージュに向け、彼等はいつまでも頭を垂れたままでいた。

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