琴瑟調和
「それこそ、稀少な存在だよね。」
その言葉にギルバートは苦笑すると、自分の過去を語り始めた。
今から二十余年前。彼は、バレンティナでも有数のとある公爵家に生まれ付いた。
比較的穏当な土地柄の所為か、或いは一族の気質か。
男児の行く末を不憫と嘆く家人により、彼は懇意にしている伯爵家に譲られる事となった。
当然その身分は奴隷だが、不当な扱いや虐待を受ける事は勿論なく、極一般的な家事や雑用をこなす毎日だった。
自分の生まれた公爵家について明かされる事はなかったが、実の母親により命名された『輝かしい誓い』という意味を持つギルバートと言う名を名乗る事が出来る現状に彼は満足し、そして育ての親とも言うべき伯爵にも感謝していた。
命運を分けたのは、小雨の降る夜の事。
ギルバートの仕える伯爵家は上層階級にも拘わらず生活に華美さは一切なく、質素で堅実なものだった。
しかしそれが反って有らぬ噂を呼び、盗賊の標的として白羽の矢が立てられたのだ。
普段と同じに離れ家で眠っていた深夜、微かな物音で彼は目を覚ました。
だが雨音と思い布団を被り直して再び微睡み始めた時、徐々に音が近付いて来てる事に気が付いた。
ざし、ざし、ざし、ざし、ざし。
疑う余地もなく、雨音ではない。数人が足並みを揃えて歩く音だ。
彼は息を殺し、窓の隙間から庭を見た。
雨に煙っているが、恐らく二人。伯爵と伯爵の娘達が眠る屋敷に向かっている。
━━泥棒だ!
確信した彼は長柄のシャベルを手に、離れ家を飛び出した。
盗賊達はちょうど玄関の鍵を解錠し侵入しようとしたところで、背後からのギルバートの気配を察知し振り返った。
━━三人!?
二人だと思い込んでいたギルバートは、一人を後ろから打ち据え、一人を取り押さえればいいと考えていた。
「うぐッ!!」
「くっ…離せ!!」
力任せに振り下ろしたシャベルは一人の後頭部を直撃し、体当たりでもう一人を床に押し倒す事に成功した。
だがもう一人は転げる様に、屋敷の中央にある階段を駆け上がって行った。
「くそ!!」
ギルバートは慌てて起き上がり、それを追う。
盗賊は階段の真正面の部屋に入った。
そこは伯爵の末娘、アンジェリカの部屋だった。
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W.A