‐追憶‐
泥水を啜り、
腐肉を食し、
何度、
涙した事か。
それでも空腹には勝てずまた再び、到底食物とは呼べない様な物を口にする。
木の根や皮、足元の土などはまだまともな方だ。
小動物の死骸は、間違いなく下痢か嘔吐が待ち受けているのは何度も経験済みだ。
それでも、彼は食べる。
生きるため。
その先などは考えず、ただ今を生きるために。
界隈には施す者がいないどころか、盗みに入れるような民家も商店もない。
誰も、居ない。
生きている者は彼、唯一人。
その土地に在るは、柊の大木のみ。
それにしても如何せん、彼は幼かった。生きる意味など考えられる年齢ではない。
ただただ、手に触れた全ての物を一心不乱に口へと入れた。
どのくらいの時が流れただろう。
栄養失調や脱水症状から来る、気だるく熱を孕んだ肉体。その薄れ行く意識の中で彼はいよいよ禁忌を犯した。
幼心にもそれが”禁忌”だと、分かっていた。
けれどもう、動けない。
禁忌を犯さなければそれは即ち、死を受け入れるという事。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
熱に浮かされた本能が最優先の未熟な脳は、いとも簡単に答えをはじき出した。
彼は昨日までとは違う理由で、涙を流していた。
悲しいから。
哀しいから。
切ないから。
苦しいから。
瓦礫の下。腐敗臭と吐瀉物にまみれて目を覚ましたのが、彼の一番古い記憶。
そこから這いずり出て、飢餓と孤独と戦っていたのが次の記憶。
そして、禁忌の記憶。
この後に彼は聖王フェンヴェルグと劇的な出会いを果たし、命を救われる事となったのだ。
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