虚無主張
ドラクールは足早に住宅地を抜けた。
我に返り、平凡な家庭への妄想を抱いていた自身に対して羞恥した。
元々こんな綺麗に整備された城下町は、彼の好みではない。
雑草は整理され、規則的に街路樹が立ち並ぶ。明かりはないがこれといった障害物が落ちていない石畳は、歩くのに不自由はない。
しかし彼は、どうしてもこの街が好きにはなれなかった。
更に先。商店街は当然、ほとんど閉店している。
外れにある酒場を除いて。
普段ならば僅かな小銭を手に入店するが、今の彼には全く手持ちがなかった。
━━酒は諦めよう。それにしても…、
少し緩めた足を、また前へと運ぶ。
━━耳が千切れそうだ。
地面から伝わる振動が、彼の耳朶を直に刺激する。
ドラクールは大振りの耳飾りをしていた。繊細な正十字の紋章が刻まれた金色に輝く、それ。
━━邪魔くさい。けど、面倒に巻き込まれるのも御免だしな。
ドラクールは町を過ぎると、鬱蒼とした木々の合間に吸い込まれて行った。
この森も、昼間はそれなりに人々が訪れるのだろう。
木漏れ日のシャワーを浴びに。
或いは子供達が遊具代わりに。
しかし現在の様な淀んだ雨の夜には、それを想像する事も難しい。
ドラクールは草木をかき分け、構わず奥へと進む。
服が跳ね返った泥で汚れようとも。
歩き易い舗装道が無くなろうとも。
町の明かりが見えなくなろうとも。
━━何だか、自殺でも図りに来たみたいだな。
口角を上げて自嘲し、その可能性は否定した。
暫く草を踏み分けて歩いた後、話しに聞いていた沼が見えて来た。
沼と呼ばれてはいるが泥沼ではなく、水は澄んでいる。
━━池…だろ、これ。誰だ、沼って言った奴。
名も知らぬ最初の発見者の悪態を吐きながら、近くの切り株にドラクールは腰を下ろした。
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W.A