彼の耳に、男性の怒声と少年の大声が届いた。

「てめえ、ふざけんなよ!言ってた額と違うじゃねえか!」

「知るかよ!それだけ、あんたが使えないって事だろ!」

「何だと!?」

その方向に目をやると、体格の良い迷彩服の男が、薄汚れて痩せた少年に対して何やら言いがかりをつけている様だ。野次馬が集まり始めていた。

彼はそれを意にも介せず視線を前方に戻すと、愚物とも言うべき人々の間を掻い潜る。

「あんまり大人をナメんじゃねえぞ…!」

途端、野次馬から叫び声が上がった。

迷彩服の男が抜刀したのだ。



━━下らねえ。

彼の冷めた瞳の片隅に写る、二人の遣り取り。



「殺すぞ、ガキ。」

真っ青な顔で後退りをする少年に対して、迷彩服の男は凄んだ。

「死にたくなけりゃあ、さっさと払いな!」

男からは、人を斬る為の覚悟など微塵も見受けられない。ただ、脅しの道具として剣を抜いただけである。

しかし少年にそれを見破る事が出来る筈もなく、腰が砕けた様にその場にへたり込んだ。



彼は一つ大きな溜息を吐くも、それは直ぐ旋風に掻き消された。

次の瞬間、迷彩服の男が右手に持っていた剣が弧を画いて宙を舞った。

下らないと思いつつも見兼ねて野次馬から飛び出した彼が、素早くその剣を蹴り上げたのだ。

野次馬は、一体何事かと皆一様にぽかんと口を開けている。

迷彩服の男も似たり寄ったりな表情だった。



くるくると頭上高くで回転を続ける剣を彼は易々と見切ると、軽快な跳躍で高く空中に跳ね上がり、その柄をいとも簡単に捕らえて見せた。

そして息を吐く間すらも与えず、白刃の切っ先を迷彩服の男の喉に突き付けた。

「二択だ。死ぬか、去るか。」

その琥珀色の瞳の底には愛憎の澱が溜まっており、酷く濁っていた。

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