群青ラプソディー | ナノ

 薄桜学園では、定期的に「保健室検診」というものが行われる。1年生から3年生まで、クラス毎に1人ずつ、保健室で保健医と軽い面談をするのだ。面談は昼休みや放課後などを利用して1人10分程度で行われる。朝食はきちんと取っているか、睡眠はきちんと取れているかという健康面の診断から、最近困ったことはないか、というお悩み相談まで、内容は様々だ。
 保健医だけでは負担が大きいので、保健体育の教師も担当になることがある。今日は保健体育教師、原田の担当日だった。

「次は…雪村千鶴。入れ」
「はい。失礼します」

 控えめに保健室のドアを開け、千鶴が入ってきた。彼女はこの薄桜学園唯一の女子だ。人一倍苦労をしているだろう。学園長である近藤からも、「くれぐれも雪村君の面談をしっかりやってくれ」と頼まれている。元より、原田自身も気にかけていたので、彼女には殊更丁寧に対応しようと決めていた。

「さて、じゃあ始めるか。っつっても、事前アンケートじゃ、朝食も睡眠時間もちゃんと確保してるな。これと言って気になる症状もなし、と」
「はい。健康だけが取り柄なので、特に問題ありません」
「いいことだな。じゃ、後は学校生活についてだ。勉強とか、恋愛とか、何か困ってることはあるか?」

 「恋愛」という言葉に、千鶴は僅かに反応した。

「ああ、そういえばお前、斎藤と付き合ってるんだよな」
「は、はい…!」
「困ってることないか? ま、あの斎藤なら心配はねえと思うが」
「実は…」
「何だ? あるのか?」
「はい…。…幸せすぎて、困ってるんです」
「………」

 原田は言葉を失った。否、言うべき言葉が咄嗟に浮かんでこなかった。教師を始めて早数年。それなりに経験を積んできたつもりだったが、未だ出会ったことのないケースに出会うことがあるとは。教師とは実に奥深い職業だ。
 などと感傷に耽っている場合ではない。原田は脳みそをフル回転させて、返事をはじき出した。

「それは、いいことじゃねえか」

 独り身の原田にとっては少々むず痒い話題ではあるが、可愛い生徒が幸せだと言っている姿は微笑ましくもある。初めこそ面食らった原田だが、その言葉は本心から出たものだった。

「で? 具体的に、悩むほど幸せってどんな出来事があったんだ?」
「えっと…。まず、斎藤先輩は、とにかく優しいんです。いつも朝と夜に必ずおはようとおやすみのメールをくださって、お弁当を毎日綺麗に食べてくださって、『弁当の礼だ』と私の好きなプリンやお菓子を食後用に買ってきてくださって、道を歩いているときも道路側は危ないとさりげなく私を歩道側に歩かせてくださって、それから…」
「…あー、わかった。もう大丈夫だ。斎藤が優しいのはよくわかった。大切にされてるな、お前」
「はい…。なので、ふと気がつくと斎藤先輩のことばかり考えてしまっていて…勉強に集中できないんです。原田先生、どうしたらいいでしょうか」
「うーんそうだなあ…」

 まったく初々しい悩み事である。原田は苦笑しながら口元がつい緩んだ。

「それじゃあオレから1つ、アドバイスだ」

****

「よう斎藤」
「こんにちは」
「はいこんにちは。んー、お前も事前アンケートでは特に問題なしだな。学校生活では何か気になること、困ったことなんかあるか?」
「…この前、部活の練習試合で総司に負けました」
「へえ。だが、お前ら実力は同じくらいなんだろ?」
「はい。しかし、あれは明らかに俺の失態をつかれました」
「ほお。お前がミスするのは珍しいな」
「…実は、最近集中力が散漫になってしまうのです」
「原因に心当たりはあるか?」
「…はい」
「何だ?」
「……こ、交際している、相手のことが」
「ああ、雪村ね」
「!!!」
「そんなに驚くことねえよ。何せあいつはこの学園唯一の女子だからな。そいつに彼氏ができたとなりゃあ、必然的に相手が知れ渡るのも道理だろ?」
「そういうものなのですか…」
「そういうもんなんだよ。まあ、お前にとっちゃ不本意かもしれねえが、少なくとも雪村の交際相手がお前だってことで下手にからかったり手を出したりする輩がなくなったのは事実だ。お前は立派な抑止力になってるよ。っつーわけで、話が逸れたが。集中できないのは、その雪村が原因なんだな?」
「…彼女を理由にするのは間違っています。彼女のことを考えると集中できない己の精神力に問題があるのです」
「ストイックだなあお前」
「原田先生、精神力を鍛えるためにはどうしたらいいでしょうか」
「うーん、そうだなあ…」

 正直、原田自身よりも斎藤の方が精神力は高いのではないかと思う。しかし可愛い教え子が真剣に悩んでいるのだ。ここで何か助言をしてやるのが教師である自分の務めである。

「じゃあ、こうしたらどうだ」

****

 後日、原田が図書館の前を通りかかると、2人が隣り合って教科書を開き座っていた。その姿を見て、原田は自分のアドバイスが功をそうしたのだと安心した。

『しばらく一緒に勉強してみろ。相手を前にして集中しなければならない場面を作って、慣れろ』

 真面目な2人だ。初めこそ緊張するだろうが、勉強を始めれば、集中するのにそう時間はかからないだろう。あとは斎藤の責任感と千鶴の向上心がいい方向へ進むことを狙ったのだが、どうやらうまくいったらしい。

 原田はそのまま喫煙所へ向かった。そこには黒いスーツ姿の先客がいた。

「土方さん、邪魔するぜ」
「ああ。…どうした原田。随分楽しそうじゃねえか」
「いや、若いっていいもんだなって思ってな」
「? 何だそりゃ」
「青春ってのはどうしてこう眩しいんだろうねえ」
「原田、お前台詞が年寄りくさいぞ」
「はは、違いねえ。土方さん、火ィ貸してもらえるか?」
「ほらよ」

 投げ渡されたジッポを手にし、くわえた煙草に火を点ける。ゆっくりと吸い込んで吐き出した紫煙を見ながら、原田は「まったく、お似合いだよ」と小さく呟いた。

End
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斎千に世話を焼く兄貴的な左之という関係が超楽しかったです。SSLの斎千は教師陣からの信頼と安心感がハンパないです。斎藤さんが抑止力になっているのもありますが背後に沖田や土方がついているのもデカいと思いますね。剣道部には近寄るな・手を出すな・関わるなが平穏な学園生活を送るための合い言葉です。はっちゃんリクエストありがとうございました!
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