追憶花葬 | ナノ

「私を、覚えていますか」

 唐突にかけられたこの言葉に、俺は面食らった。怪訝な表情を浮かべてしまったのだろう。少女はふっと瞳を曇らせ、視線を落とした。

「その…すまない。どこかで会ったことがあるだろうか」

 相手をじっと観察してみる。胸に生花がある故、新入生だろう。しかし、その顔に見覚えはなかった。
 自分は、他人の顔を覚えることに長けていない。この様子だと、相手はどうやら俺のことを知っているようだ。もし以前に面識があったのなら、思い出せないのは相手にとって失礼だ。俺は非礼を詫びてそう返した。
 少女は弾かれたように顔を上げた。その顔は酷く傷ついているようだった。
 やはり面識があったのだろうか。自分が覚えていないことに対して、傷ついているのは確かだ。思い出せないこと、そして傷つけてしまったことに対して、俺は申し訳ない気持ちを抱いた。
 そんな中、少女はくしゃりと表情を崩して笑った。

「…そう、ですか」

 そう言う少女は、痛みを堪えるようだった。

「…あんた、名は?」

 思わず言葉が出ていた。少女はじっと俺を見上げ、次に寂しげに微笑んで言った。

「雪村、千鶴と申します」
「雪村…」

 聞いたばかりの名前を、小さく反芻する。やはり、心当たりはなかった。しかし、口にしたその名前は、酷く馴染みのあるもののように感じた。

「……?」

 胸の奥がチクリと痛んだ。胸に手を当てながら、再び目の前の少女を見る。在校生ならば以前に校内で会ったかもしれないが、彼女は新入生だ。記憶をたどるも、やはり何も思い出せなかった。しかし、少し幼さを残す容貌に反して、少女の瞳は強い意志を秘めていた。…逸らせない。

「俺たちは…以前どこかで…?」

 この瞳を、知っているような気がした。先程よりも確信を持って尋ねると、少女──雪村は、息を飲んだ。
 数秒の沈黙。雪村は俯いて大きく深呼吸をすると、顔を上げて言った。

「遠い、前世で」

 しっかりと、しかし震える声で告げられた言葉。普通ならば突拍子もない冗談だと受け止めるだろう。だが、冗談にしては、少女の瞳は真っ直ぐ過ぎた。

「前世…?」
「はい。約束をしたんです。あなたと」
「前世の俺と、あんたが、約束を?」
「…覚えて、いらっしゃらないの、ですね」

 雪村は再び寂しそうに笑った。そして「いきなり変なことを言ってすみませんでした」と頭を下げ、「さようなら」と踵を返して立ち去っていった。

「なあに、一君。入学式早々新入生に告白されてたの?」

 呆然とその場に立ち尽くしていると、耳慣れた声に名を呼ばれ、俺は我に返った。

「総司」
「君も隅に置けないねえ。で、あの様子だと、振られちゃったの? あの子」
「いや…」
「え、じゃあオッケーしたの?」
「…落ち着け。そもそも告白などされていない」
「へえ、そうなんだ。それにしては、何だかただならない雰囲気だったけどなあ」
「………」

 「前世で、知り合いだったらしい」と。そんな非科学的なことを、この男に話したところで茶化されるのが落ちだろう。俺はそれ以上何も言わなかった。

「何て言う子?」
「は?」
「名前だよ、さっきの子の。まさか名乗られなかった訳じゃないでしょ」
「…雪村」
「え?」
「雪村、千鶴と言っていた」
「………っ」

 総司は目を見開いた。

「そっか…千鶴ちゃんも、この時代に生まれ変わったんだね」
「総司、彼女を知っているのか?」
「………」

 総司は無表情のまま沈黙した。次に、困ったような、寂しげな顔で言った。

「君も、知っているはずだよ。……本当なら、君が誰よりも」
「…俺が…知っている…? だが…」
「混乱させたくなかったから、このままでもいいかと思ってたんだけど。…あの子のことなら、もしかしたら、思い出せるかもね」
「…? 総司、あんた何か知っているのか…?」
「悪いけど、これ以上は、僕の口から言うことじゃないかな。さ、入学式も終わったことだし、帰ろう」
「…ああ」
「あーあ、本当なら風紀委員と生徒会以外休みだったのに。人手が足りないからって部員を設営に駆り出すとか、横暴もいいところだよね、あの鬼教師」

 伸びをしながら荷物の置いてある校舎に向かう総司。俺はその後を追うように歩き出した。記憶に靄がかかっているような、すっきりしない気持ちを抱えたまま。

「雪村、千鶴…」

 再び名を呟く。彼女の泣きそうな笑顔が、頭から離れなかった。


****


 入学式で整列する新入生を誘導する彼を見たとき、心臓が止まるかと思った。
 前世で砂となり消えてしまったあの人が、再び生きている。生きて、動いて、そして出会えた。
 私は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて、体育館に誘導される列に大人しく並んで進んでいった。
 横を通り過ぎるとき、ちらりと彼を盗み見る。彼は前を見て列を正していた。時折かけられる新入生からの「おはようございます」という挨拶に、「ああ。入学おめでとう」と微笑みながら返事をしていた。
 その声を聞いたとき。私は泣きそうになった。落ち着いた、少し低い声。静かな、けれど慈しみのある声。それは遠い昔に私の名を呼んだ、愛しい声そのものだった。

「……っ」

 また会えた。震えるほどの歓喜に、今すぐにでも声をかけて、確かめたくなった。しかし、彼は私に気づくことなく、淡々と仕事をこなしていた。昔の彼も、仕事熱心で真面目な性格だった。任務に私情を挟むことなく、淡々と、隊のため、志のために動いていた。そんな彼を知っているからこそ、今ここで声をかけるべきではないと、私は逸る鼓動を抑えながら入学式に臨んだ。

 入学式が終わった。式の内容は全く覚えていなかった。新入生が教室に戻るために体育館を退場する。彼はまだいるだろうかと体育館を見渡すと、在校生が数名控える場所に、彼の姿があった。
 この後、すぐ帰ってしまうだろうか。でも、きっと体育館の片付けがあるはずだ。式の最後まで残っていたのだから、おそらく彼も手伝うに違いない。それならば、彼の手が空くのはもう少し時間がかかる。私は一旦体育館を後にして、教室に戻ることにした。

 教室に戻ってすぐに、私は「気分が悪いから少し席を外す」と近くのクラスメイトに告げて教室から抜け出した。目的地は先程までいた場所、体育館だ。HRが始まったら教室から出にくくなってしまう。先生に告げたら誰か付き添いを、と本当に保健室に行かざるを得ない。
 こうして行動する自分は、自分でも驚くほどしたたかだった。しかし、早く会いたいという気持ちが、私の足を逸らせた。

 体育館に着くと、丁度片付けが終わったところのようだった。まばらに出てくる在校生の中に、あの人の姿を見つけた。彼は校舎とは反対側へ一人で向かっていった。
 胸に飾った新入生の証である花をそっと押さえる。そして私は彼を追いかけ、声をかけた。

「あの、」


****


「千鶴、約束しよう。来世で出会えたら、そのときは──」

 ざあっ、という音がしたと同時に、強い風が吹いた。薄桃色の花びらが舞い、視界を染める。
 次の瞬間、千鶴の目の前には、夫が身に着けていた着物のみが、中身を失って地面に広がっていた。

「っ、はじめ、さん……!」

 愛しい人の名を呼びながら、千鶴は泣いた。声を上げて、ひたすら。

「約束、ですよ……っ」

 来世で出会えたら、そのときは──。

『また、再び愛を誓おう』


End
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斎千で転生で切ない話でした。二人にとって切ないことは、一方が記憶を持ってて、一方は忘れてしまっていることだと思いました。斎藤さんがすごくひどい人になってしまった感が否めません…。でも楽しかった…。リクエストありがとうございました!
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