sonatina | ナノ

 仕上げにトップコートを塗って、ネイルが完成した。
「できました。お疲れさまです」
「サンキュー、春歌」
 むらなく綺麗に塗られた爪。いつもと同じ黒は、春歌が塗ってくれたと思うだけで輝きが違う。
「次は春歌の番だ」
「え、わたし?」
「そう。いいから、ソファー座れ」
 春歌の手を取って立たせると、ソファーに座らせた。そして自分は床に座り、春歌を見上げる。
「あの、翔くん」
 困惑している顔も可愛い。そう思いながら、細くて白い足にそっと触れた。
「っ!」
 ビクリと驚く春歌。顔が見る見るうちに赤く染まって、泣きそうな表情が浮かぶ。
「なあ、俺のと同じ色、お前の足の爪に塗っていいか?」
「え…?」
「おそろい第二弾。ピアノ弾く指には、さすがに派手な色は塗れねーけど…。お前が俺のものだって印、どっかに残しておきたいんだ」
 嫌か? と問うように見上げると、春歌は真っ赤な顔のままぶんぶんと頭を振った。
「い、嫌じゃありません…! …私も、翔くんとお揃いにするの、嬉しいです…」
「よし。じゃあ塗るぞ」
 春歌の足首を掴み、膝の上に乗せる。すると春歌が慌てた声を出した。
「あのあのあの…!!!」
「ん? どうした?」
「こ、これはちょっと、恥ずかしいです…!」
「これって? ああ、確かに俺が春歌の家来みたいだな」
「! 滅相もない! 申し訳ないです、私も床に…!」
「ダーメだ。それじゃあ塗りにくいだろ。…大人しく座ってろって、お姫様」
 小さな足を持ち上げ、甲に軽くキスをした。
「………!!!!!」
「わかったか?」
 春歌はコクコクと頷いた。恥ずかしくて声も出ないらしい。観念した春歌は、それから大人しくソファーに座っていた。
 軽く爪を削りそろえる。俺が触れる角度を変える度に、春歌の足が小さく震えた。
「くすぐったいか?」
「うん、ちょっと」
 くすぐったさを堪えるような声が耳をくすぐる。ああ可愛いなあちくしょう。と思いながら、俺は雑念を振り払うように軽く頭を振った。今は集中だ、集中。
 一通り削り整えた爪に、ベースコートを塗る。マニキュアの色素が沈着しないようにするため、という知識を知ったのは、春歌と付き合うようになってからだった。爪を塗り直している最中に春歌が居合わせて、マニキュアを落とした爪にいきなりまたマニキュアを塗ろうとしたら、慌てて止められたのだ。

****

『翔くん、ベースコート塗らないんですか?』
『へ? 何で?』
『友ちゃんが言ってました。始めにベースコートを塗ってからマニキュアを塗らないと、マニキュアの色素が爪に沈着しちゃうって』
『マジか! ベースにも塗る必要があるんだな…最後の仕上げにトップコート塗ってただけだったぜ』
『…私が翔くんの爪を塗ってもいいですか?』
『え、あ、ああ』
『あの、ご迷惑だったら、無理にとは言いません…』
『いや、迷惑とかそんなこと思ってねーよ! むしろ、嬉しい…っつか。悪い。不安にさせるような態度取って。はしゃぐなんてガキっぽいと思ってさ…』
 照れ隠しだ、と白状すると、春歌は『はい』と言って笑っていた。そのときに思ったんだ。こいつの前では、全てをさらけ出してもいいんだって。そりゃあ、好きだからかっこつけたくもなるけど、それ以上に、安心させてやりたい。いつだって笑っていてほしい。強がって悲しい顔をさせるくらいなら、かっこ悪くたっていいんだ。自分の弱さを認められる強さを、俺は春歌に教わったから。そんな春歌だから、守りたいと思うんだ。

****

 ベースコートを塗り終えた。乾かすためにそっと息を吹きかけると、春歌は声を挙げて身をよじる。またくすぐったかったらしい。上目遣いで見上げると、赤い顔をして今にも泣き出しそうな春歌と目が合った。
「翔くん…いじわる、しないでください…!」
「…っ!」
 今、俺は叫び出しそうになるのを必死に堪えた。自分で自分を褒めてやりたい。何なんだこの破壊力は。これで本人にまるで自覚がないのが恐ろしい。俺が気にしすぎなのか? いや、健全な男子ならばここでときめかない訳がないだろう。
「はあ〜…」
 気を鎮めるため、俺は大きく息を吐いた。そして俯いたまま謝った。
「悪かった。俺が悪かった」
「え、あの、そんなに深刻にならないで…! わたし、怒ってないから…」
「わかってる。…俺の修行不足だ」
「修行?」
「こっちの話」
「??」
 ベースコートはもう乾いた頃だろう。気を取り直して、マニキュアのキャップを開けた。筆に付いたマニキュアを適量になるように縁で整える。そしていざ塗ろうと構えてみたが、薄いピンク色の綺麗な爪を見て、躊躇いが生まれた。
「うーん、この色全部塗ると、ちょっと派手だよな」
 お揃いにしたい、とは思ったが、黒いマニキュアは春歌のイメージには合わない。春歌の白くて華奢な足を眺めながら、俺は暫し考えた。
「? 翔くん?」
「よし、決めた」
 そう言うと、俺は小指の爪にマニキュアを塗った。もう片方の小指の爪も塗って、仕上げにトップコートを塗る。
「ん、完成」
 両足の小指の爪だけに黒いマニキュアを塗り、俺は春歌の足を離した。
「ワンポイント、お揃いな。こういうさり気ない方が、俺のものって印っぽくていい」
 全部を押し付けるのは、何か違うと思った。お揃いにこだわったけど、結局は俺が春歌に何かしてやる、ってことが重要なんだ。
「ありがとう、翔くん」
 今度、春歌に似合う色のマニキュアを買ってこよう。そしてまた、こんな風に塗ってやりたい。そんなことを思いながら、俺はソファーに座る春歌に覆い被さり、キスをした。

End

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翔春でお任せということでしたので、「Pieris」の続きを書かせていただきました。まろさま、リクエストありがとうございました!
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