▽えにかよ(剣が君) 花が好きではなかった。しおれて枯れてゆく姿が、幼心に怖いと思った。美しく咲き誇っている時にはあんなに人目を集めていたのに、盛りを過ぎたら誰の目にも留まらず、むしろ不快な表情をする人までいた。無意識に、自分と重ねて見ていた。周囲の期待に応えねば、人々は興味を失い、不機嫌になるのだと子供なりに理解した。ただ、同時に花が不憫でもあった。花は何も悪くないのに。花が咲くのは人のためではないのに。花には花の咲く理由があるはずなのに。 「縁さんの夢って何ですか?」 少女は綺麗な瞳をまっすぐ向けて問うてきた。一瞬虚をつかれた。夢を尋ねられるなど何年ぶりだ。物心ついた頃には天下五剣を拝すること、手にした今ではそれを扱えるようになること。それを目指して生きてきたけれど、改めて考えるとどれも周囲の願望を自分の願いと思い込んで生きてきたような気がする。ああ、そうか。俺は今まで「誰かに認められたい」「見捨てられたくない」と必死で、他人の夢を自分の夢にすり替えていたのだ。 「? あの、縁さん? 私、もしかして変なこと聞いてしまいました?」 「え? ああ、そんなことないない。夢ねぇ。ん〜、今の1番の夢は……姫を嫁にもらうことかな」 「っ! もう、からかわないでください!」 「え〜、からかってないって! 俺は超本気! 毎日汗水垂らして働いて、家に帰ってきたらおいしい飯と『おかえりなさい、旦那様』って言ってくれるかわいい嫁さんがいる家庭を築きたい。その嫁さんは、姫以外にいない!」 「よ、嫁だなんて……! 私には茶屋がありますし、父様を置いて出ていくことなど考えられません……!」 少女は視線を泳がせながら慌てたように言った。その頬は椿のように赤い。 男に慣れていないその反応がたまらなく可愛い。普段は老若男女の客を相手にしているというのに、そしてその中には君を目当てに足を運んでいる輩だっているだろうに。そんなのに気づくこともなく、むしろ目もくれず、毎日看板娘として働く少女を愛おしいと思う。だが彼女は優しいから、どこの馬の骨ともわからんちょっと強引で金に物を言わせそうなけしからん男に押し切られやしないかと心配でもある。……ん? そいつはまるで俺じゃないか? 「…………」 「…あの、縁さん? …ごめんなさい」 「え? どうして姫が謝るの?」 「私が、縁さんに失礼なことを言ったから、ご気分を悪くされたのかと……」 「ああ、なるほどね。そんなことないよ。ん〜、確かにお父上一人を置いてはいけないなぁ。……じゃあ、仕方がない」 「わ、わかっていただけてよかっ……」 「俺がこの茶屋に婿入りしよう!」 「!?」 「……な〜んてね。姫をこれ以上困らせたくないから、今日のところはこれで帰るよ」 「……! もう、縁さん!」 困ったり怒ったり、表情がくるくる変わる。たくましく野に咲く可憐な花。 冷静になってみれば、叶わぬことだとわかっている。自分の身分、立場、役目。そしてそれらを彼女に背負わせるなんてこと、できやしない。摘み取ることは容易い。けれどそうしたら最後、君という花はすぐに枯れてしまうだろう。君の花のような笑顔を、曇らせたくはない。 だけど、誰にも渡したくない。手離したくもないと思うのもまた抑えきれなくて。 「また来るよ」 真実を告げる勇気もないくせに、君との出会いを繋ぎ止めることに必死で。 「はい、お待ちしています」 その笑顔が見たくて、声が聞きたくて。 今日もまた、花を愛でるのだ。 (失うのが怖い。君のいる日常を。束の間の夢だとしても。) |