西日が差し込む玄関先。そこで、アーウィンは普段の仏頂面を更に深くして立ち尽くしていた。そんな険しい眼差しを向けられているのは、すっかり肩を落としてしまっている幼い少女。品の良いギンガムチェックのワンピースに、整えられた蜂蜜色の髪。今は伏せられているが、長い睫の中には大きく澄んだ琥珀色の瞳がある。幼いその少女の名は、レナ・タウンゼント。アーウィンが身の回りの世話を任されている少女だった。
 勉強の合間に、少女は元気良く庭へと駆け出して行った。区切りよく問いも終わっていたし、アーウィンが庭に向かったレナを引き止める理由はなかった。しかし、問題はレナが帰宅してからであった。

「何を隠しているのです?レナ。」

 冷ややかな声音でアーウィンが問い掛けると、ぴくりと少女は小さく肩を揺らした。アーウィンが問題としているのは、レナが後ろ手に隠しているもの。庭から舞い戻った少女の何処かぎこちない様子から、少女が何事かを隠しているのは明白なことだった。しかし、レナは何故それを隠しているかを一向に口にしようとしない。
 だから、このように玄関先で不自然に二人が対峙している形になっているのだ。

「……何もかくしてないもん。」
「ほう。隠していないなら、何故庭に咲いてる花を持っているのですか。」

 的確なアーウィンの指摘に、レナは驚いたように顔を上げる。そんないたいけな少女とは裏腹に動揺の一つも見せない無表情のアーウィンに、レナはじりっと後ろにたじろいだ。無意識のうちに、青年から花の存在を隠そうとしたようだが今更意味のないこと。些細なその動揺こそが、レナが何かしらの嘘を吐こうとした証拠であるから。

「アーウィンにはかんけいないでしょ!」
「関係がないなら、こんなことを言うはずがないでしょう。」
「……アーウィンには話したくない。」

 レナは嘘が吐けない子だった。誰に似たのか随分と抜けている性格の持ち主であり、そして誰に似なかったのかてんで鈍い思考を持ち合わせている少女であった。
 だからこそ、アーウィンの言葉に少女が嘘を吐き続けることはなかった。ただふてくされたように唇を尖らせて、アーウィンから目線を反らす。典型的な子供の我が儘に、青年は溜め息を吐くと呆れたように肩を竦めてみせた。

「でしたら、仕方ありませんね。」
「?」
「ずっとそこに立ってなさい。」

 涼やかに言い切られた言葉に、レナの瞳が不安げにアーウィンを写す。訴えかけるような眼差しを勿論すっぱりと無視をして、アーウィンは小さなレナに背を向ける。そうして家の奥へと進もうとした彼の足を弱々しい力が止めた。

「……お母さんに、言わない?」
「場合によります。」
「言わないって、やくそくして!」
「はあ、分かりました。善処しましょう。」

 きゅっとスラックスを掴むレナが、力強い瞳でアーウィンを睨む。凄みも何ともないのだが、下手にこの少女の機嫌を損ねるとそれこそ厄介なことになるので、アーウィンはレナの申し出を呑んだ。あくまで善処するとしか言っていないので、場合によってはこの家の主である女性に告げるつもりだが。決して少女に嘘は吐いていない。人はそれを騙したというかもしれないけれど。しかし、とうのレナが気付きさえしなければ、アーウィンにとって何の問題もないのだ。

「あのね、この間本で読んだの。もうすぐお母さんの日だって。」
「…あぁ、成る程。」
「だから、だから。お母さんにあげようと思ったの。」

 そんなアーウィンの思惑など微塵も気付くことなく、レナは純粋に事実を告げる。
 世間一般では、もうじき母の日という小さなイベントが行われる。母親に日頃の感謝を込めて、赤いカーネーションを送るのが一般的だそうだ。アーウィンにはまるで関係のない、ましてや興味のない催しではあるが、常識として昔教え込まれたことがあった。
 そんな催しをレナが知り、母の為にと行動を起こすことも大いに頷ける。身体の弱いレナが町を一人歩きすることは禁止されている手前、内密にプレゼントを得る為には近場で済ませる必要があったのだ。特にこの件に関して、アーウィンが少女を責め立てる要素はない。けれども。

「貴女の言いたいことは分かりましたが、そのままでは枯れてしまいますよ。」
「うぅ、それは知ってるけど…。」

 根っこから取り上げているのならまだしも、どう考えても少女は茎から持ち出したはずだ。となれば、早々に水に活ける必要がある。レナとてそれは考えていたようであるが、まさかここでアーウィンから思わぬ妨害が入るとは思わなかったのだろう。青年が居る為、次の行動に出がたいようであった。
 だからといって、この少女に全てを一任しておくには不安が残る。しかしながら、ここでアーウィンが下手に手を出せば、レナがあらぬ疑いを持ちかねない。弁解するのは可能であるが、そのようなことに無駄な時間をかけたくはない。断じて。
 そこで、青年はある提案を少女へと投げかけた。

「花を枯らさずに、貴女の手で手渡せる方法がありますよ。」
「ほんとうに?どうすればいいの?」
「押し花を作るのです。」
「おしばな…?」

 きょとんとしたレナに家の奥へ入るように、彼は目線で促した。疑問そうな表情のままではあるが、レナはアーウィンの無言の指示に従い廊下へとおずおずと足を踏み入れる。

「どうせ貴女は自分でしないと気がすまないのでしょう。一から作り方を教えますから、自分で作りなさい。」
「うん!ありがとう、アーウィン!」

 これが一番合意的な選択だった。少女も納得するし、青年とて気苦労が減る。押し花の作り方など無駄な知識だと蔑んでいたが、まさかこんなときに役立つことになるとは流石のアーウィンも想定していなかった。くつりと込み上げた笑みを悟られぬように、レナの背を押して家の奥へと足を進ませる。先ほどまで、むくれたり嘆いていた表情は何処へやら。少女は期待に瞳をきらきらさせ、満面の笑顔を咲かせているのであった。







「そう。あの子が自分で言い出したのね。」

 月明かりが差し込む窓辺。薬品と古い書物の香りが充満する室内で、淡いランプが灯っていた。その明かりを受けるようにして机にもたれ掛かるのは、レナの母であり、この家の主でもあるナタリー・タウンゼント。しかし、普段の穏やかさな母の表情ではなく、無機質な感情を示すその顔からして、今はアーシュラと呼ぶべきなのであろう。そんなアーシュラには不釣り合いな華やかな栞が、彼女の手には収められていた。

「……こんなモノ貰ったの、何時ぶりかしら。」

 しなやかな指がくるくると器用に回しているそれは、当然レナが母の日の贈り物としてナタリーへとあげたものだ。アーウィンはこの日までレナとの約束を守り、その件に関してアーシュラに報告はせず内密にしていた。だから、あの少女から思わぬ贈り物をされたアーシュラの驚いた顔は実に見物だった。少女との約束を守ったと言えば聞こえが良いが、この青年にとって、実際のところアーシュラの腑抜けた顔を拝むことが目的でもあったと言えよう。
 勿論、そんなことを少しでも表情に出そうものなら、傲慢なこの女にどんな難癖をつけられるか分かったものではない。内心で嘲笑いながらも、一貫して青年は冷静さ崩すことはなかった。

「まぁ、私に花を贈る器量のある男が居ないからでしょうけど。」
「命令とあれば、幾らでも買ってくるが。」

 そんなアーウィンの真意を知ってか知らずかは定かではないが、女は値踏みをするかのような声音で口を開く。アーシュラの挑発的なその言葉に、アーウィンは珍しく冗談めいて返してみせた。すると、そんな言葉を受けた女は隠すことなくその顔を歪ませると、はっ、と鼻で嘲笑った。不遜さを滲ませるよかのように、組んだ足をはしたなくぷらぷらとさせて、アーシュラは蔑むようにエメラルドの瞳を細める。

「そんなことして御覧なさいな。お前の目の前で踏み潰してあげるわ。」
「……だが、レナからのそれは捨てないんだな。」

 ぴくり、と今まで余裕と優雅さに満ちていたアーシュラは動きを止めた。踏み潰すと自身が言った花が女の手の中にはあるのだ。アーウィンが知るアーシュラという女は、傲慢で強欲な女。そして何よりも完全で完璧なものを好む。そんな女が、花という愛でるだけの存在を手元に置いて置くはずがないのだ。不完全なものは未練もなく切り捨てる。そんな無情な女であるからだ。
 そんなアーシュラが、押し花の栞とはいえ完全とは言いきれぬものを早々に捨てなかったのか。漆黒の眼差しを振り払うかのように、アーシュラは煩わしげに舌打ちを室内に響かせた。

「生意気な。そんな減らず口を叩いてる暇があるなら、さっさともう一人のあの子の報告をなさい。」

 苛立ちに燃えるエメラルドがアーウィンを睨む。悟られぬ程度に溜め息を吐くと、青年は素知らぬ顔で普段通り、もう一人のレナについて報告を開始した。
 静かにアーウィンの報告に耳を傾けるアーシュラ。その手が丁寧に机の上に栞を置いていたことをひっそりと気取られぬようにアーウィンは盗み見ていた。そうして再び得た密かな愉しみに、彼は無表情で嘲るのであった。



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素敵タイトルは誰そ彼さま。
アーシュラさんにドSさが滲み出てしまうのは個人的なイメージから。母の日なのでアーシュラさんを書きたかったのです。タウンゼント家の日々は虚偽ばかりではあったけれど、小さいながらも本当のことはちゃんとあったんじゃないかなぁと。
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