雪の降る夜はあまり好きではなかった。真っ暗な空から純白の雪が落ち、辺りを白に染めていく。不気味なまでに綺麗な黒と白のコントラストは、無性に恐怖と孤独を駆り立てた。例え暖かな室内に居たとしても、夜の雪を見る度に物淋しいあの黒と白の世界に放り出された気分になるのだ。
 だから、幼い頃からずっと、夜に見る雪を好ましいとは到底思えなかった。



 長い乗り継ぎを終えて、古めかしいバスから降りる。数日ぶりに戻って来た村は、相も変わらず閑散としていた。変わったことと言えば、村を離れる前よりも白銀の絨毯が広がっているぐらいである。小さく息を吐くと、真っ白な息は暗い空へと吸い込まれていく。そして、その夜空からはしんしんと雪が舞い落ちていた。
 今回の調査報告を任されたこともあり、他の祓い手たちよりも一足先に帰還することになったので、周りに親しい仲間たちは居ない。街灯のない暗闇と眩い雪の中で、フレデリックは一人で立ち尽くしていた。足跡すらない雪道に、雪の降る音しかしない静寂な空間。まるで世界から切り離されたような気がして、知らず知らずに眉をしかめていた。
 逃げ出すように歩き出した身体は、頑なに振り返ることをしなかった。
 まっさらな雪道をさくさくと進んでいると、フレデリックよりも早い速度で駆けて来る足音が聞こえた。そんなまさか、と思いつつも屋敷へと続く道を見つめれば、見慣れた姿が駆けてきた。

「……ねえちゃん?」
「フレディ!」
「ちょ、走ったら危ないって!」

 真っ暗な闇と真っ白な雪の中で、此方に駆けていたのは彼の同居人であるレナであった。ただでさえ、何もない道で躓くような危なっかしい少女だ。足場の安定しない雪道をましてや走りながらなど、とてもではないが危険過ぎる。任務で重なっていたはずの疲労などすっかり忘れて、彼女に駆け寄ろうとすれば、それよりも先に、レナの方がぴょんとフレデリックへと抱き付いた。
 元々華奢な彼女の重みは、そう大したものではない。しかし、彼女が駆けていた分とフレデリックの疲労が重なったこともあって、その抱擁はなかなかの衝撃であった。積もった雪に二人して転がらなかっただけ良い方だ。

「おかえりなさい、フレディ!」

 口から出掛かった言葉は、ぎゅうと抱き付く身体と満面の笑顔に簡単に絆されてしまったのだけれど。甘いという自覚はあれど、こればっかりは仕方がない。やんわりと抱き締め返せば、幸せそうな笑い声が腕の中から聞こえた。

「そういえば、にいちゃんは?」
「アーウィン?」
「いや、あの人が許可するなんて以外だと思って。」

 フレデリック自身もレナに対して過保護になってしまうのは自覚済みであるが、彼女の世話人であるアーウィンは別格である。超がつくほどの過保護であるアーウィンは、フレデリックとは異なり無自覚であることが尚更に質が悪いと言える。
 そんなアーウィンが大した距離ではないものの、雪の降る暗い夜道を一人で歩かせるとは少々想像し難い。
 すると、レナは眉を下げながらフレデリックの腕から顔を出す。

「フレディが帰って来たのは、分かったから。頑張ってお願いしたの。」

 過保護ではあるが、やっぱりあの男もつくづく彼女には甘いと思った。それと同じぐらいに、帰宅したら大層機嫌の悪い男が居ることが予想された。あれだけ帰りたいと思っていたはずの屋敷に帰ることに、少しだけ気が重くなる。
 それとは裏腹に、フレデリックの手を掴んで雪道を歩き出した彼女の足取りはとても軽やかなものだった。
 早く帰ろうと言って、歩き出したのはレナだ。しかし、ぴたりと足を止めてじぃとフレデリックを見つめだしたのも、当然彼女である。確かに突拍子のないことをするのはお馴染みのことであるが、ちょっとだけ動揺してしまう。

「ねえちゃん?早く戻らないと、にいちゃんに何か言われちゃうんじゃないの?」
「……二人で居たら、怖くも淋しくないよね。」
「へ?」
「ああでも、アーウィンにも来てもらうべきだったかしら。」
「あの、ねえちゃん…?」

 頬を染めてはにかんだと思えば、慌てたように蒼白になったり。相変わらずくるくると表情が変わると関心するが、どうにもレナの発言たちが繋がらない。訴えかける眼差しで彼女を見れば、レナもまたこてんと首を傾げた。

「この間、眠る前に言ってたでしょ?」
「ええと…、」
「もしかして、忘れちゃった?」
「…ごめん。」
「もう、ひどいわ。」

 ぷくっと頬を膨らませて、レナはそっぽを向いてしまう。何一つ覚えていないということは、十中八九自分は寝ぼけていたということになる。
 とりあえず、謝罪と弁解をすべく口を開きかけたフレデリックよりも先に、レナの琥珀の瞳が振り返った。その瞳に怒りはなく、内心で安堵する。レナを怒らせてしまうと、何かと厄介なことになってしまう。せっかく久々に会えたというのに、重苦しい空気になってしまうのは、とてもではないが耐えられない。しかし、フレデリックの杞憂とは裏腹に、レナの眼差しは大変穏やかであった。

「それじゃあ、あのときのフレディとの秘密にしておくわ。」
「え、何それ。すごく気になるんだけど。」
「ふふ。忘れちゃったフレディのせいよ。」

 悪戯っぽく笑ったかと思えば、レナは軽やかにフレデリックの手から鞄を取って、ぴょんぴょんと数歩先へと駆け出す。真っ白な傘と、真っ白な彼女のコートがふんわりと振り返って、満面の笑顔でフレデリックを見詰めている。
 夜の黒と雪の白の合間で微笑むその姿は、とても煌びやかに鮮明なものとして彼の眼は捉えていた。

「帰ろう、フレディ。」

 レナの言葉に答えるようにして、今度はフレデリックが彼女の手から傘を取った。嬉しそうに頬を染めるその姿に、ほんの少しだけ雪の夜を温かなものに感じられた。





「そういえば、何で傘一本なの?」
「一緒に入れば良いかなって。…嫌だった?」
「……嫌、じゃないけどさ。」

 他の男にはしないで、だなんて言えるはずもなく。ふと湧いた欲にとてもではないが、彼女の琥珀色の双眸を見ることは出来そうになかった。



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素敵タイトルはeerieさま

ナチュラルに奥さんポジションを担ってるレナが居たら素敵だと思います。
実は屋敷からフレディのもとへ行く途中で、案の定レナは転んでたりします。アーウィンからのお小言コースまっしぐらですね。とばっちりでフレディも頂戴しそうな雰囲気ですけど。
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