―――渋谷。あれから幾分の時間が過ぎたせいか、今や地上は茜色に染まっており、水の中もまた鈍い赤を湛えた闇色に染まりつつあった。



「メガニューラ……メガニューラぁぁ……」


暗いのは怖い。寂しい。そろそろ周りの瓦礫が怪物に見えてくる。
できる事なら…もう一度顔を合わせたい。


「っ……!」


その場にうずくまり、何も目に映らないように視界を閉じる。それでも、太陽の光が消えたお陰で冷たくなった水温が肌を刺す。
そうしている内に、明らかに周りの水とは違う熱い何かがメガヌロンの複眼を霞めた。



―――これは…涙というものか……?


一族を率いる身が女みたいに泣くなんて、とか、そもそも昆虫が泣くのもおかしな話だ、と強がって自嘲したものの、その引きつった笑いは忽ち鳴咽に変わった。



「くっ……うぅ……メガニューラぁあ…!」


呼んでいるのに、どうして誰も来ない?一人は嫌だ。誰か自分の問い掛けに応えてくれ。このままだと寂しさに押しつぶされてしまう。


―――お願いだから…帰ってきて……!



嗚咽が今にも慟哭に変わりつつある頃、上空で一際大きな水音が響いた。


―――敵か!?



今のメガヌロンには護衛が一匹も存在しない為、襲われると自らの血筋は途絶えてしまう。瓦礫に身を隠す、という手段も思いついたが、その影は自分が思っている以上に速く一直線に向かってくる。
せっかく天敵の脅威に苛まれる事なくこの世界に生まれ落ちたのに、こんな冷たくて孤独な場所で滅びるのか?


嫌だ。ひとりでは死にたくない。



「っ…メガニューラぁあ!!」


思わず臆して叫んでしまう。頭を庇いつつその場に伏せた途端、上から声が飛んできた。



「若様ぁ!我々です!」
「長らく待たせてしまって申し訳ありません!」


皆口々に、自らに対して思い思いの言葉を口にして、その表情は晴れやかだ。
全員、命を賭してゴジラからエネルギーを吸い取ってきたのだ。自分からしてやれる事は、せめて元気いっぱいの笑顔で出迎えてやるくらいだ。


「皆、ご苦労だった!」

先ほどの涙を拭い、自らもまた手を振りつつ満面の笑みで皆を出迎える。
けれど、そんなメガヌロンを傍目にメガニューラ達は各々彼の周囲に降り立つと、おもむろに胸に手を当てられた。


「っなに…?」
「さ、若様。変な気持ちになるかもしれませんが、どうかじっとしていてください」


突如メガニューラの手が熱を帯びる。その奇妙な感覚に耐え切れず、メガヌロンの体が僅かにぴくりと跳ねた。



「ぁう……!」


一体何のエネルギーを吸ってきたのだろう。物凄く熱い。
メガニューラの掌から来る鼓動が自らの体を叩き、それに合わさって骨の髄まで熱が染みてくる。その奇妙な感覚に耐え切れず、メガヌロンはしきりに切ない声を上げていた。


「んぅ……あぁ…!」


この感覚は、力は漲るけれど不愉快だ。これなら先程まで孤独に苛まれた方が幾分かマシな気がする。
なのに逃げられない。周りをメガニューラ達が取り囲んでいて一歩を踏み出せそうにないからだ。


「っあ………?」


ふと、例の感覚が病んで後ろを振り返ると、先程のメガニューラが干からびたミイラのような姿で息絶えて水面に浮かびつつある光景が視界に入った。
出処の不明なエネルギーだけでなく、自らの生命力を全て託した為に、寿命が尽きたのだ。


「次は拙者の番ですな」


次のメガニューラがメガヌロンの胸だけではなく、背中にも触れる。それも二体同時だ。

「ま、待っ……んぅ…っ!」
「全ては我らの天下を取る為です。どうかご我慢を…」


心臓と脊髄に熱い感覚が走り、思わずメガヌロンの体が奇妙な形に仰け反る。


――――…メガニューラ……。


エネルギーを供給されている間に、メガヌロンの背中からはトンボとは違う異形の巨大な羽が生え、体躯もまた次第に大きくなってゆく。そんな自然の摂理に反した異常な成長と共に、数々のメガニューラ達は水面に浮かんでいった。

けれどその反面、メガヌロンの体に未だ残る奇妙な切なさは留まる所を知らなかった。


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