愚かな人だと嘲笑うのです


「君は、ほんまアホやなあ」

そう言って彼は死んだ。


三年の秋も終わりかけの頃、私達は付き合い始めた。告白したのは白石くんで、二年生から彼のことが好きだった私は、即答で、はい、と答えた。
それからの日々は毎日が幸せで、私は浮かれていた。大好きな人と、喋ったり、メールしたり、時々電話したり。
でも、ある時から白石くんは学校を休みがちになった。

「今日も休みやったね、大丈夫?」
「おん、ぴんぴんしとる」
「嘘やん」
「ほんまやって。ちょっと腹痛かっただけやねん」

明日は学校行くわ、と言われ、わかった、と一言だけ言って電話を切る。なんだか、はぐらかされている気がする。
その予感が当たっていたことを知ることとなったのは、それから一週間後だった。

「俺、重度の心臓病患ってんねん」

小さい頃から人より心臓が弱くて、小学校のマラソン大会も途中まで走るくらいしかしたことがなかってん。でも、中学入った頃かなあ、主治医の先生が、もう走ってもええよ、って言ってくれてな。ほんなら、全然出来んかったスポーツやろ思て、テニス始めたっちゅー訳や。楽しくて楽しくてびっくりしたわ。

「二年にあがった時、君に会った」

校舎が違うて一年の時は知らんかった。隣のクラスになって初めて知った。初対面は角でぶつかった時やったな。ぴぎゃっ、て君の声が聞こえた時、何の小動物やと思った。

「多分、一目惚れやった」

三年にあがった後の、夏休み頃やった。親が、母さんが泣いててん。家帰ったら。先生に、もう息子さんは手遅れです、て言われたんやって。なんやねん、それ。意味わからんやろ、もっと早う気付けって話やん。ちゃあんと月一で通っとったやん。

「でも、後悔はないねん」

いっぱい走り回れて。仲間がたくさん出来て。テニスで全国いって。君に告白してオーケーもらって付き合って。デート行ってたくさん話ししてメールして時々電話して。唯一の後悔は、君とまだキス出来てへんことかな。

はは、と、おちゃらけたように真っ白な部屋で真っ白なベッドに寝ながら笑う彼。そんな彼に何と言えば、何を伝えればいいかわからなくて、私は一言、

「いやや」

と言った。すると彼は一言、

「我が儘はアカンよ」

と言った。

「私、何すれば、ええの」
「ん?」
「何すれば、白石くん、治るの」

白石くんは苦笑いで言う。

「スマンなあ、これ、もう治らへん」

(そんなこと言わんといて)

「ほな、今から千羽鶴作る」
「…は?」
「せ、ん、ば、づ、る」
「あんなあ…」
「うるさい、病人は静かにしとき」
「…………」

たまたま近所の子供にもらった折り紙が鞄に入っていたので、それを取り出して折りはじめた。白石くんは馬鹿にするように笑う。俺がこんだけ健康に気ぃつけとっても治らんかったんやで、と。

「ほんまアホやなあ」
「…うるさい」

馬鹿にされたっていい。意味がないことくらいわかってる。でも何もしないより、ずっといい。

「…………」
「…………」

しばしの間、沈黙が私達を包み込む。それを追っ払ったのは白石くんだった。

「……うっ」

げほ、げほ、と咳込むのが聞こえ、すぐさま顔をあげた。7羽目の折り鶴が床に落ちる。

「もう、駄目みたいや」
「なんやねんそれ、映画か」
「…はは」

映画やったらええのにな、ぽつりと呟く白石くんに涙が出そうだったが、我慢する。

「ほなな」

彼はこちらを見つめていたが、目を閉じた。そして、部屋に、ピーっという機械音が鳴り響いた。

「白石くん」

呼び掛けても返事がない彼に、最初で最後のキスをした。



『最期の恋は叶わぬ恋となり散り果てた』さま提出
100917