※戦争
※三郎お相手





「召集命令が出た…?」

信じられないとばかりに出された声が俺の鼓膜を震わせる。すまない、すまない、お前を独りきりにしてしまう、すまない。その言葉を飲み込み未だ驚愕に顔を強張らせる妻に説明を施した。

時は第二次世界大戦真っ只中、誰もが大日本帝國の勝利を疑わなかった。新聞やラジオは日本の優を語り世界を謳う。誰もが信じて疑わなかったのだ、勝利を。まさか自国の敗戦色が濃厚だなどと予期しなかったのだ。だが現実とは悲しいものだ、実情を知らなくても俺たち国民はあらゆる材が不足すればその穴埋めをしてやった。いわゆる皺寄せを受けた状態。
皺寄せの対象に自分自身が選ばれるとは思いもよらなかったが。


俺は足が不自由だった。歩けないことはないが走れない、過度な運動は禁物。軍人になるには致命的な欠陥だった。ただそのおかげで俺は彼女の傍にいることができた。独りきりを何より嫌う、寂しがり屋な彼女の傍に。

だが召集された。足が使えないならば、自らの命を賭して御国のために戦いなさいと。とどのつまり俺は特攻隊へと選ばれたのだった。

「嫌。三郎、嫌。行かないで」
「仕方ないだろ、決まったことなんだから。それに行かなきゃお前まで非国民と罵られることになるぞ」
「そんなの私は構わないよ…!」
「駄目。俺は構う」

そう言って、抱き締めた彼女の肩がやたらと小さくか細い様に見えたのは気のせいだったのだろうか。




出立の日はすぐにやってきた。俺は支給された軍服を身に纏い、彼女に嘘の言葉を紡いで聞かせた。

「俺は御国のために立派な最期を遂げてみせる。お前も婦人会でこの国や天皇陛下のために尽くすんだぞ」

全てが正反対だ。
出来るならば死にたくないしお前の傍にいたい。他人に尽くさずただ俺を想って日々を過ごして欲しい。口には出せないがこちらが本心。
日の丸の旗を手に持つ彼女は目を潤ませ「ご武運を」とだけ言った。こんなに可愛い妻を置いてわざわざ死にに行くなんて、尋常小学校の先輩である善法寺伊作さん顔負けの不運だ。ああ、彼は高等小学校には進まず実家の寺を継ぐ修行をするために卒業と同時をこの地を離れたらしい。ただの後輩である俺は今どうしているのか知らない。時勢が時勢なだけに息災だとは限らないがそれは皆同じことだ。体の丈夫だった雷蔵、八、兵助は早々に戦地へと送られている。元気だとよいけど、きっと彼らも無事ではない。

思考していると出発の時間が近いらしく、同じ軍服を着た者達は汽車へ乗り込んでいた。俺は俯く彼女の耳元に唇を寄せ、一生彼女を縛るであろう言葉を呟き死地へと赴いた。







俺が敵へと突っ込む瞬間、頭に浮かぶのは国の勝利ではない。
様々な表情の君だ。
俺が最期に叫ぶのは、国を讃えるそれではない。
世界でただ一人の最愛、君の名だ。










ずっと待っててくれなんて、よく言えたものだ。






091019~091023






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