▼ ポーカーフェイス
がら、と勝手知ったる扉を開ける。
「こんにちは、東先輩」
「早いな、風川」
感情の読めない声に出迎えられて、東は最早定位置となったパイプ椅子に座った。スクールバッグから習慣のように筆記具を取り出す。生徒会発行のプリントの原稿を書かなければならない。今回の当番は東ではなかったはずなのだが、どういうわけか、気が付いたら自分がやることになっていた。どうせ多田野か神崎かがすっぽかし、会長である姫宮の采配によってこうなったのだろう。こういうのは美術部であろうあいつに任せればいいと思うのだが、多分、割り振られた場にいなかったのだろう。名前こそ覚えているものの、やはり他人への関心が東は希薄だった。
「東先輩こそ早いじゃないですか。いいんですか?」
風川の前ではなんとなく気さくな優等生を演じる必要がない気がしていたので、原稿と向き合ったまま答える。
「何が?」
「彼女さん」
どこか含みを持たせた言い方だった。ぴたりとシャーペンを動かす手を止め、怪訝に思って顔を上げる。
それなりに整った顔立ちと、誰にでも平等に接する演技に騙されて東に告白してくる異性は少なくはなかった。しかし、付き合うことを了承しても東が他人に平等に接する姿勢は変わらず、不満に思った女の子から別れを切り出される。それを繰り返していたから、今敢えて風川が東とその彼女を気にかける意味もないはずだった。
風川は口の端に僅かに笑みを乗せて指を組んだ。謎めいた雰囲気とあいまって、なかなかどうして様になっている。
「東先輩、今の彼女さんーー少しおどおどした感じの方ですーーと付き合い出してから何か変わったような気がしたので」
「……あの子のことは誰にも言ってないんだけど」
惚けるように風川は「そうなんですか?」と肩を竦めた。どこまで知っているのだろうか、読めないことが腹立たしくもある一方で、そういうことを読ませない風川のポーカーフェイスは賞賛に値すると東は思う。東はすべてを誤魔化すように、わざとらしく溜息を吐いた。
◎彩紗さま宅風川風人さんと拙宅東 (高校時代)