「お昼ご飯何にしようか」
「なんでもいい」

それが一番困るんだって。とは、思っても言わず。蒼也がこう言う時は本当になんでもいいんだっていうのは知ってる。食べたいものがある時はちゃんと言うし、何を作ってもおいしいと言って食べてくれるから、さてどうしようかと私はまたお昼ご飯のメニューに頭を悩ませなければならない。この悩みの種を解消するために蒼也に助けを求めたんだけど、その本人はなんでもいいと答えるとまたすぐテレビに意識を向けてしまっていた。テレビショッピングなんて見て、何か欲しいものでもあるんだろうか。

A級のボーダー隊員である蒼也と一般人の私がどうしてこんなに長続きしているんだか、こういうとき、未だにふと疑問に思ってしまう。私たちは高校からの付き合いだ。お互いの大学入学を機に、今はふたりで同居している。“蒼也の彼女”という位置に身を置いて早5年弱。ここまでやたら長かった。蒼也の隣にいるだけで、怖いくらい、時間が過ぎるのが遅くなった気がする。ああそういえばまだ21歳なんだなと思う。きっと蒼也はそんなことないんだろうけど。
時の流れが遅く感じるとはいえ、別にお昼ご飯の時間が待ってくれるわけではない。お腹も空いたし、適当に作ってしまおう。かといって、冷蔵庫にたいしたものは残っていなかったような。うーん思った通りスカスカ。

「買い物行くか?」
「わあびっくりした」
「相変わらず驚いているようには見えないな」

蒼也こそ相変わらず背後を取るのがうまい。びっくりしたのは本当だ。まあもう慣れたもんだけど。蒼也は冷蔵庫を覗き込む私の後ろから手を伸ばして牛乳のパックを手に取った。テレビショッピングの煽り文句はまだ聞こえているけど、もう飽きたのか、それとももともとそんなに真剣に見てなかったのか、多分どっちもだ。
キッチン台でコップに牛乳を注ぐ、背の割に逞しい背中を見ていたら、早く扉を閉めろと冷蔵庫に促されたから慌てて閉める。と、蒼也がすぐ開けて牛乳のパックを冷蔵庫に戻した。昔からあの早く閉めろアラームを聞くと反射的に扉を閉めてしまう。

「どうせ明日月曜だから、一週間分買いだめしとくか…」
「荷物持ちならするぞ」
「あーいや、言っても蒼也がいなきゃ消費しきれないし三日分くらいを目安に」
「……ちゃんと食ってるか?俺が居ない時」
「…食べてるから食材ないんじゃん」
「食ってるならいい。どっちみち今日の昼食と夕食の分は買いに行く必要があるだろう」
「あっそうだ。すぐ準備する」

服は着替えなくても大丈夫。エコバッグに財布と携帯を投げ入れて髪を縛る。多分バッグはひとつじゃ足りないから、コンパクトに畳めるタイプのをもうひとつ入れて、よし。

「ヘイ!蒼也ヘイ!準備できた!」
「うるさい」
「すみません」
「化粧はいいのか」
「近所のスーパーだよ」
「それもそうだな」

蒼也とは付き合い始めの頃からずっとこうだったように思う。特別な時以外飾り立てる必要もなかったから、気が楽で、だから告白されてものすごく驚いた。私なんか男友達みたいなもんだと思ってたのに。いや、私が蒼也のことを女友達みたいに思ってたとかそんなんじゃない。それでもOKしたのは、蒼也となら幸せになれると直感が言っていたからだ。私の直感は正しかったらしい。
蒼也と居たら、幸せだ。それ以外の何物でもない。


ちょうどタイムセールで安かった豚肉を適当に炒めたやつをメインにして、少し遅くなったお昼ご飯、終わり。
毎度のことながらご飯粒ひとつ残さずきれいに食べてくれる。手を合わせてごちそうさまでしたってきちんと言う蒼也が愛しい。バカップルだと笑いたい奴は笑え、ええ私は蒼也が大好きですとも。

「ごちそうさま。うまかった」
「お粗末さまでした」
「洗い物は後でいいだろ」
「え、でも蒼也、シンクが片付いてないの嫌いでしょ」
「いいから」
「ハイ」

学生時代(今もだけど)勉強を教えてもらった時の弱みなのかコレは。コレも一種の条件反射かもしれない。冷蔵庫の早く閉めろアラームと似たようなもの。蒼也のは、早くしろオーラ?そんなのどうでもいいオーラ?それこそどうでもいい。のそのそと、ダイニングテーブルの向かいに座っている蒼也に近づく。「…なんでしょうか蒼也さん」
すると蒼也はどこから出したか、旅行雑誌を広げた。

「どこか行きたいところ」
「エッ?」
「あ、まぁ座れ」
「あっハイ、エッ行きたいところ?」
「国内で」
「唐突すぎてよくわからないかな」

よくわからないまま椅子を引っ張り、蒼也の隣で止まって、一緒に旅行雑誌を覗く。全くもって蒼也の意図が読めない。

「京都に行きたいって言ってただろう」
「え、行けるならどこでも行きたい…」
「そういえばお前、風呂好きだし、温泉なんてどうだ」
「温泉!?いいね!えーと待ってよ、箱根、別府、草津、道後、湯布院、下呂、あとえーと…」
「日本一周は無理だからな」
「わかってます調子乗りました。それにしてもなんでまた急に」
「そろそろお前と結婚しようと思ってな」
「へ〜そりゃまた唐突な……、………ん?」
「新婚旅行といってもそう長く休みを取れるわけじゃないから、国内で悪いんだが」
「いや〜ウチの親も沖縄だったし私別に海外に行きたいわけじゃ……、………え?」

……この人今なんて?
待って、待って待って待って。

「……けっ、こん?」
「さっきそう言わなかったか?」
「そ、そう仰ったから聞き返してるんです…」
「……まさか嫌だったか」
「ええええイヤイヤイヤそんな!!嬉しすぎて疑っちゃって!いや、嬉し…え!?そんな、そんっ……えっ、え……」
「うるさい」
「すみません…」

結婚。
合ってた。私の耳がおかしくなったわけじゃなかった。
結婚って、私の苗字が風間になるってことで、蒼也が私の旦那になるってことで、私が蒼也の奥さんになるってことで、合ってるんだよね。
未だにパニックから抜け出せない私に、蒼也は溜息をついた。「旭」

「結婚しよう。…と、言わなければ、わからないか」
「……ごめん、わかる。わかります…」
「今度一緒に指輪見に行くぞ。選ばせてやりたかったから、今は無いんだが」
「…いいんですか私で……」
「いい加減しつこい」
「うあ、わ、ごめ…、……あ、ありがとう」

突然肩を抱くのは反則だ。
蒼也がふっと笑う。やだ、その顔、結構レアじゃないの。

「久しぶりに、お前の驚いた顔を見たな」
「……これ以上幸せになれるのかと思うと、つい」

幸せに溺れて死にそうだ。
死因が幸福にのまれての溺死なら、必然的に、私が死ぬときまで蒼也はそばにいてくれるんだな。どうしよう、私今、今だけじゃなくて、世界で一番幸せな人になれた。



どうせ死ぬならずっと一緒に
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