人型近界民は案外、日本人のような名前を持っているらしい。

「空閑遊真。遊真でいいよ」

彼はその言葉に、何かしらの意味を持たせているのだろうか。

人型近界民、改め遊真のお父さんは、城戸さんの同輩だと聞いた。
そしてそのお父さんは彼をかばって死んだんだと。
遊真は近界民だけど、お父さんの有吾さんはもともとこちらの人間で、近界に移住したということになる?遊真のお母さんが近界民だとしたら、遊真は近界民とこちらの人間のハーフ、ということ?
よくわからない。近界に生まれたというだけで果たして本当に、そんなに厳しく排除対象にされるべきなのかがわからない。何も全ての国がこちらに攻め込んできているわけではないし、事実、遊真が生まれ育った国はこちらではなく、近界の中の他国と戦争をしていたという。城戸さんの考えることは相変わらず私のような凡人には到底理解しがたい。

「…遊真って、変わってる」
「そうかな。そうなんだろうな」
「自覚あるんだ」
「おれ近界民なのにボーダーだからな」

不思議って言葉は、一言で説明できるものではない。そもそもそういった説明の難しいことを表すためにある語だ。彼はそういう雰囲気だと私は思った。そうあくまで私が思うだけ。城戸さんの考え方に共感する隊員が多いのも、やり方を疑わない隊員も多いのも、まあそういうことなんじゃないか。一言で説明なんてできやしない。

「遊真が、怖いと思うことってないの」

まるで質問の意図がわからないというように首をかしげるから、そのままの意味、と付け足してやった。それにしても近界でも日本語が使われているとなると、世界の、三門ではないどこかで稀に開いている門は……、全くもって近界は未知の領域である。
遊真は、空閑遊真という一人の人間としても、近界を知っている者としても、私にとっての未知ばかりを固めて出来たような存在だ。聞きたいことはたくさんあった。

「一回死んでるんでしょう」
「うん」
「遊真にとって死ぬことは怖いこと?」
「怖いっていうか、嫌なこと」

物の見方は率直で、胸がスッとする。
単に素直なんじゃなく、私やそこらの隊員よりずっといろんなことを経験してきた上で、自分はこう思うという考えを確立している遊真はすごい。全く15歳らしくない。

「でも、おれのせいで誰かが死ぬのは、自分が死ぬよりも嫌な気がする」
「へえ」
「きっと自分が死ぬより怖いよ」
「いい子ね、遊真」
「ぜんぜん。もうあんな思いしたくないだけ。おれのエゴだよ」

こんな殊勝な心がけの15歳もいるというのに、この世界はあまりにも残酷すぎる。平和の度合いに関わらず、誰がいつ死んだっておかしくない。そんな中で彼は言うのだ、遊真でいいよ、と。少なくとも私の認識では、ファーストネーム呼びは、勇気がいったりお伺いを立てたり、それなりに親密であったりするものなのに。
自分をファーストネームで呼ぶような、そんな人ばかりを増やして。そこらへん、遊真はどう考えているのか、はたまた何も考えていないのか。

「自分が死ぬのを怖がってたら、誰かを守ったりなんかできないしね」
「遊真は誰かを守るために生きてるのね」
「そう言われるとこまる。けどそれも、生きてる理由のひとつかもしれない。意味とか理由って、いくつあってもいいし、なくたっていいものなんじゃない」

遊真は、およそ見た目と年齢にそぐわない笑みを浮かべた。私を諭すような笑顔だった。

「遊真」
「なに」
「私も、死ぬのは怖くない。でも、死ぬのは嫌」
「うん」
「誰かが死ぬのは、もっと嫌」
「うん」
「だから私は、遊真が死ぬのも嫌」

相槌が止まる。
思ったとおりのことを言っただけだ。彼の赤い目は何かを探ろうとしているけれど、いま私の目を覗いたところで、私には後ろめたいものや嘘はこれっぽっちもない。笑い返してあげた。

「私だけじゃないよ」
「そうかな」
「生き急がないでね」
「…うん」

せめて私の今の歳を超えるまで、この子には生きていてほしい。
有吾さんは、戦いの中で育った遊真に、もっとたくさんのことを―――戦い以外のことも知ってほしいと、思っていたはずだ。
もしかしたらそれは、彼にかかわるすべての人が、知らず知らずのうちに願っていることなのかもしれないな。

「もし、遊真が誰かを守って死んだら、褒めてあげるから」
「……、うん。そうしてくれ」

その人なりの生きる意味も、その人が考えることも、私が否定する必要はない。真髄まで理解してしまう必要はない。
必要はなくても、新しい生きる意味を与えてやりたい。死なないために、自分がやりたいようにやるために生きているんだと、いつか遊真が言えますように。この世界は残酷だ。おしなべて見れば、残酷なことこの上ない。それでも、遊真を取り巻く世界は、この世界全体に比べたらずっとやさしく、あたたかく、満たされていたらいいなと思う。
そしてどうか、遊真にとって私が、守るべき対象でありませんように。



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