「トリオン体でちゅーしたらどうなんだろうな」
「は?」

太刀川さんの言葉に思いっきり首を捻る。どうなんだろうなって、地面とキスしてみりゃわかるんじゃないの。思春期の男子高校生かあんたは。そんな話は同類のやつらでやれ、私に言うな。口に出すのも面倒だ。この人と話すときはいつもこうなる。

「ちょっと試しに腕とか掴んでみ」
「……」
「なんだよ、やけに力入れてねえ?」
「気のせい」

黒いコートに包まれた太刀川さんの腕が私の目の前に差し出されたから、ちょっと強めに掴んだ。まあ、太刀川さんを痛がらせるには至らなかったし、がっしりしていて、男女の差ってこういうところでもやっぱり出るのかと思う。
掴んだ太刀川さんの腕が硬かったとか、太刀川隊はコートがごわごわしてて動きにくそうだとか、それでも一位なんだよなとか、いろんなことを考えた。

「で?」
「ああいや、生身の感覚とそんなに変わんないのかなって」
「あんたボーダー何年目ですか」
「改めて考えるとわかんなくてさ。なあどんな感じ?」
「私かよ。変わらないよ」
「ふーん、やっぱそっか」

頃合いだと思ったから太刀川さんの腕から手を離す。ていうか、やっぱそっかってあんた、人にやらせといて。
トリガーをホルダーに格納して、トリオン体の換装を解く。私は至って普通の制服姿に、太刀川さんは私服に戻った。手を何回か握ったり開いたりして、こっちの感覚を確かめる。トリオン体の時と大した差異はない。いや、小さい差異はあるのかと言われればそれはわかんないけど。重い弧月を握っていた手には軽いホルダーだけになって、なんとなく手持ち無沙汰な感じはした。感覚が丸ごと同じだったら、あんな物騒なものブンブン振り回したりできないんじゃないかな。

「旭」
「まだ何か、」

手を取られる、体を引かれる、抱き寄せられる、それから、それから。
カシャンと音がして、ホルダーが地面に落ちる。安っぽいプラスチックみたいな音だった。

「……!!」
「グフォッ」
「……な、……!?」
「何すんだよいてーだろ!」
「い、いやあんたが何してんの!?正気か!」

信じられない。というよりもはや信じたくない。

(こいつ、こいつ私に、キ、キスしやがった!)

何が起こったのかなんで私なのかなんで今なのかなんでキスなのかそもそも何が起こったのかいろいろ聞きたいことがありすぎてパニックを起こした私の脳は、とりあえず、この人の腹に拳を入れろと命令を下した。私は本能に忠実な女である。

「いてて……お前キスすんの初めて?」
「このクソ髭!!」

乙女の唇をなんぼのもんだと思ってやがる。無残にも地面に転がるトリガーホルダーを拾って起動しかけた。一騎打ちになったところで勝てないのはわかっているし、みぞおちを押さえる太刀川さんが全力で止めに来たから、結局起動には至らなかったけれど。
唇がわずかに湿っている感覚に気づいて少しぞわぞわした。あの口と、私の口が、くっついたんだ。よくよく想像するんじゃなかった!考えてみるもんでもなかった!途端に私の顔はひどい熱を帯びる。

「じゃあまず、生身の旭のファーストキスゲットな」
「まず!?」
「んで次はトリオン体」

目の前の男が何が恐ろしいことを言っている気がする!ダンガー!さっきトリガー起動しなくてよかった!
そしてふと、待てよと思った。
この人は私に突然キスしてきたわけだが、なんだ?処女厨みたいなやつなのか?単に女子高生のファーストキスが欲しかっただけなのか?だったら何も私みたいなかわいくない女子高生じゃなくても。よっぽど飢えてるんだなあ……ああそうだ、国近さんや綾辻や三上、宇佐美とか、オペレーターのみんなは無事だろうか!?この男の毒牙にかかっていないだろうな!?みんな逃げて!本部に飛んで帰って女の子たちの安否を確認したい。

「た、太刀川さん…そっちのケはあるんじゃないかと薄々思ってはいたけど…!」
「えっお前何か勘違いしてねえ?」
「国近さんとかに手出したりしてない…?」
「は!?ちょちょ、待てよ!」

ああ、ボーダー1位なんて肩書き詐欺のこんなダメ男にかわいい女の子が引っかかっちゃいけない。なるほど私の弧月はこのためにあったのか。
太刀川さんが両手でガッと私の肩を掴む。この男、まだやるか!いいだろう、返り討ちにしてやらあ。勇んで身構える。

「あのなあ!勘違いしてるっぽいから言うけど!」

私はおしゃべりな口を思わずつぐんだ。
返り討ちにする前に言い訳くらい聞いてやってもいいかなと思うくらい太刀川さんの目は真剣だったし、なにより顔が赤い。正直180cmあるガタイのいい成人男性(髭)が顔を赤らめてるなんてちっとも萌えない光景だけど、ここで太刀川さんが言わんとしていることを遮ることはできそうになかった。

「俺は!お前が好きなの!」
「…いやおかしいでしょ!」
「なんで!」
「だって順番違うよね!?童貞かよ!」
「おまっ女子が童貞とか簡単に言うなよ!」
「うるせえ間違ってないくせに!」
「そんなこたどうでもいいの!俺はお前が好きなの!」
「好きって何!?」
「そのまんまの意味だよバカ!」

バカとはなんだ、太刀川さんだってバカのくせに!
そのときちょうどインカム越しに『二人ともいつまで警戒区域内にいるんだ?トリオン兵の反応はもう無いぞ』と忍田さんの声がした。忍田さん萌え。早いところ本部に戻るとしよう。話はそれからだ。
唇の熱は、あまりにも一瞬のことで、すっかり冷めきっていた。でもまだ顔は熱い。好きなの、と言い切った声がぐるぐると脳内に回って、毒を撒き散らしている。ああもう、どうすればいい、明日から太刀川さんと顔をあわせるたびに赤面するはめになったら!
トリオン体のときに太刀川さんに会うのはやめておこうと決意しつつ、私たちはぎゃあぎゃあ言い合いながら本部に戻った。太刀川さんの顔は見れなかった。

うまいこと口車に乗せられてランク戦して、緊急脱出寸前にキスされて、トリオン体でのファーストキスも見事に奪われて。しかもそれがバッチリ本部のモニターに映ってて風間さんあたりに見られた、とか。未来予知のサイドエフェクトを持たない私は知る由もない。



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