私に天国は似合わない。罪も穢れもないところでは生きていけない。だから私はボーダー隊員をやっているのだ。いつか殺した人型近界民たちの折り重なる地獄絵図だって、そこが私の居場所なのだ。

「お前は変わったことを言う」
「そうかな」
「近界民は敵だ。殺すことは罪じゃない」

つまり三輪にとっては人型の近界民を直接手にかけることも罪の意識を負わせるものとは成り得ないということだ。これは殺した経験がないと判りづらいことだからなかなか仕様がない。だって見た目はまるでこちらの人間と変わらないのだ。すべての近界民が軍人であるわけがない、殺さないでくれと懇願する者をも殺める瞬間、自分が世紀の殺人鬼になったかのような感覚を覚える。それでも私は善良な一般市民として生きていくのは不可能だから、どんなに気分が悪かろうが罪悪感の塊になっていこうがこれもまた仕様のないことなのである。

「躊躇わないのは良いことだが、近界民を殺すことを悪く思う気持ちが少しでもあるなら、それは今すぐ捨てろ」

相変わらず高圧的な物言いに思わず微笑んでしまい、三輪がますます眉間の皺を深くした。家族を失ってここまで憎悪できるのも凄いことだが、それはつまりこの気難しい三輪という男が、どれだけお姉さんを慕っていたのかを表している。果たしてお姉さんは天国で心穏やかに弟を見守っているのだろうか。弟がこうなったのは自分のせいだと思うだろうか、自分を殺した近界民が悪いのだと思うだろうか。いずれにせよ三輪が罪の意識ひとつ無く近界民を駆除する根幹にあるのはお姉さんの死とそれに対する復讐である。
復讐心というものは厄介なほど、そんじょそこらの正義感よりもずっと強い。討つべき仇は生き甲斐にする理由になるからだ。しかしその仇を討った時、それまで復讐心のみで突き動かされていた者は、生き甲斐を失うことになる。私はいつも三輪が心配だった。世界のどこにも門が開かなくなったら、この男は姉の後を追って死ぬことなど造作もなくやってのけそうだと思っている。

「旭、言っておいてやるが、善人は地獄では生きられないぞ」

なんとも珍しいことに、三輪が私の名前を呼んだ。

「そのくらいのことはよくわかってる。そもそも善人が地獄に居る理由も意味もないわ。嵐山さんみたいな正義のヒーローの立っている場所は地獄じゃないもの。私たちは居るべくして地獄に居るんだから大丈夫よ。現に私はここで生きてるじゃない」

嵐山さんですら近界民を殺すことを罪だとは思わないのはトリオン兵の場合に過ぎず、人型を相手にした場合はどうかはわからない。何もこの世のすべてが地獄なのではなく、それ以前にそこを地獄ととるか天国ととるかは人にもよる。私は人型近界民の息の根をこの手で止めた日から、自分の立っている場所も立つべき場所も地獄になったのだ。とはいえ今いる場所を苦しくは思わないので、私はやっぱりここに居るべき人間であると改めて感じた。

「お前の地獄には俺もいるのか」
「え?」
「お前の地獄には、お前しかいないのか」

正直言って三輪の言わんとすることは理解しがたく、私はすぐに答えることができなかった。三輪の目は平常通りに鋭く、答えを求めた問いかけへの返事を急かしている。そんなことをされても解けないものは時間をかけないと、若しくはどんなに時間をかけても解けないもので、これは恐らく前者らしい。よく考えてみれば私たちは互いにおかしな心配をし合っている。つまり私の世界に三輪はちゃんといるということで、間違ってはいないんじゃないか。

「たぶん」
「多分?」
「いるよ」
「そうか」

ならいい。そう言った三輪に大した表情の変化はなかったが、眉間の皺は心なしか伸びたように思う。ならいい、と言われても、私はどういうことだかさっぱりだ、何がどういいのだろう。そのあたりは説明してもらわないとむず痒いのだけれど、まあ、あまり深く聞いても機嫌を損ねるかもしれないから、やめておく。

「もしお前が近界民を殺せなくなったら」

それはないと思うけどとは言わない。三輪は話を遮られるのを好まないからだ。

「俺がお前を殺してやる」
「まさかの殺害予告されちゃった」
「善人は地獄に居る必要はない。俺は、」

なんだなんだ、と、私はひどく動揺した。眼光は依然鋭いままだったはずなのに三輪の目からは大粒の涙がちぎれてこぼれるように溢れてきた。何故ここで泣く、この男の涙腺は一体どうなっている。
本人もどうして自分が泣いているのかよくわかっていないらしいが、嗚咽に震える声で、伝えようと、してくれた。

「どうせ、生きるのなら、お前には、お前が、何のしがらみもないところで」

言っていることの真意はやっぱりわからない。私は三輪秀次という人間がわからない。それは三輪も同じだろう。敵であるはずの近界民を殺して罪に染まった手を洗おうともせず尚も武器を取る私を、この三輪が理解できはしないと思う。それでもこんなことを言ってくれる。天国と地獄の間で笑っていて欲しいと言ってくれる。こんなに優しいからこそ復讐心に囚われて、かわいそうなことに、地獄で生きているのだ。
ああ、もしも私が地獄から這い上がって、三輪の言う通り、何のしがらみもないところで生きるようになっても、三輪が地獄で生き続けるなら、私は笑うことなんてできやしない。

「三輪」
「…なんだ」
「行くときは一緒に行こう」
「どこへ」
「言ったのは三輪でしょ、何のしがらみもないところよ」

だってそのために私たちは、同じところにいるんでしょう。そして、

「三輪がちゃんとお姉さんに会えるところを見られるように、私はあなたより、先に死ぬからね」

近界民でもなんでもない人間の私を殺した三輪が、罪の意識に駆られながら生きていくなんて、そんなことがあってたまるものか。だから私は彼に殺されないように、これからも近界民を殺し続けるのだ。罪悪感に塗れようが、ここが私の生きる場所なのだから。

「…お前を殺すことは、罪にはなるな」
「でしょ」
「じゃあ、俺より先に逝くな。心配しなくても姉さんには会える。もう置いていかれるのは嫌なんだ」
「だから、私に後を追えって?」
「ああ」
「わがまま、私だって置いていかれるのは嫌だよ」
「置いていったら俺はお前を一生恨む」

私に天国は似合わない。罪も穢れも知っている。私は地獄で生きている。三輪秀次という人間と、背中合わせで、生きている。
私は死ねない。何のしがらみもないところで、二人で笑えるようになるまで。手を伸ばして触れ合える距離にいられるのなら、地獄だって構わないけれど。



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