京介が驚いた顔で私を見た。珍しい。目を丸くしてる。それを見て私は、こいつ女になっても女子にモテる顔なんだろうなぁとか場違いなことを考えた。
髪を切ったのは久しぶりだった。
切りに行くのがめんどくさくて長いことほったらかしにしていた髪は背中の下まで伸びてだいぶ傷んで、いい加減長すぎるのも鬱陶しくなってきたから、昨日思い切って肩上までバッサリと。美容室のシャンプーってなんであんなに気持ちよくてこんなにサラサラになるんだろう。長年の謎だ。そしてまた私を担当した美容師のお姉さんが綺麗だった。素晴らしい。お姉さん我が家に永久就職してくれないかなとちょっと本気で思った。
この短時間で私の意識は完璧に、女神のようだった美容師のお姉さんに向いていたのだけど、京介がガタンと音をさせて椅子から立ち上がったことにより、再び目の前の京介に意識が向く。

「まさか失恋…」
「考え方が古いよ京介」

そんな神妙な面持ちで何を言うかと思えば。京介は「そうすか」と言うと小さく息を吐いて、もう一度椅子に腰を落ち着けた。それが心なしか安堵したように見える。なぜおまえが安心する必要があるんだ。
これ以上失恋記録を更新してたらかわいそうだとでも思ったんだとしたら一発殴らせろイケメン。でもせっかくのイケメンなんだから顔はやめておいてやろう。あと私個人の名誉にかけて言っておくけど、記録するほど失恋を重ねた覚えはない。怪訝な目をしているであろう私は目の前のもさもさにつられるようにストンとそいつの正面の椅子に腰を下ろす。それを見た京介も怪訝な顔をした。

「髪…今まで伸ばしてたのに」

どういう心境の変化ですか、と京介が聞いた。

「伸ばしてたっていうよりは放置してただけだよ。時間があったらとっくに切ってた」
「そういうもんすか」
「京介は切らないの?」
「まぁ長かろうが短かろうが気にならないんで」

もさもさ髪なんか、顔と雰囲気と体型諸々によっては単に陰気なイメージを与えるのに、顔がいいって得だなあとつくづく思った。
短髪の京介を想像して、…想像して……、……想像すらできない。短髪を用意します。京介の顔も用意します。組み合わせます、となったときにどうもそれらが合致しない。私の想像力が乏しいだけだろうか。
それほど長い付き合いでもないし、京介の髪型は初対面からずっと変わっていないから、狙ってこのもさもさをキープしているのかもしれない。謎だ。
男子らしからぬキューティクルに輝く豊かな黒髪を思わず食い入るように見つめる。京介が少し体を引いた。

「…先輩今日は髪きれいですね」
「ああこれお姉さんマジックね」
「はあ…?」
「ていうか今日はって言った?」
「気のせいですって」
「よく見てるねお前」
「否定しないんすね」

そりゃあ大した手入れもせずにバサバサだったのは事実だ。刀振り回して戦うのに洒落っ気は必要ねえ!とまでは思っていないが、木虎、小南、加古さん、黒江、その他大勢の女子戦闘員はみんなかわいくて、私はもともと顔も良くないから(加古さんとかめちゃくちゃ可愛がってくれるけど)、そこまで美を追求しているわけでもない。このお姉さんマジック、いつまで有効だろうか。

京介は時計を見て立ち上がる。防衛任務があるのか、はたまたバイトか、その他か。迅さんのように打てば響く返事が返ってくるとかではないけれど話し相手がいなくなるのは手持ち無沙汰になるなあと思い、ぼんやりとそれを見ていた。

「先輩のことはもとから好きだったんすけど、俺どっちかっていうと髪は短いほうが好きなんですよね」
「は?」
「似合ってますよ。じゃ」

焦点の合わなかった目は一瞬にして京介に釘付けになって、支部を出て行く背中が見えなくなっても、私の顔はずっと、京介がいたところを向いている。動け。
ちょっと待て、京介、待って。じゃ、じゃねえよ。お前さっきなんつった?
短いほうが好きなのに、髪が長くても、私を好きになったってことか?さっきも言った通り私と京介は長い付き合いでもない。京介とは初対面の頃から髪は短くはなかった。
それはまるでなんというか、髪型関係なく、私自身に惹かれたのだと言われたような。
失恋したから髪を切ったなんてとんでもない。髪を切った私に、久しぶりの恋が降ってきた。

「……次会うとき、どんな顔しろってのよ」

とりあえず、どうしたら髪を綺麗に保てるか、まずは小南と栞に聞いてみようかな。と、らしくないことを思ってしまうところを見ると、私も京介のことが好きらしい。髪切ってよかった、と思った。これもお姉さんマジックだったりして。それはさすがに、ないかな。



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