陽介、って、すごくいい名前だと思う。
あの黒目がちの目、すごく妖艶だと思う。
時々拝める前髪を下ろした姿、すごくきれいだと思う。
槍型の弧月を振るうの、すごく格好いいと思う。
勉強がからっきしなところ、すごく陽介らしいと思う。
友達思いの性格、すごくやさしくて、泣きたくなる。
陽介。
私は、陽介のことが、すきなんだと思う。


「ん?」
「え?」
「なに?」
「…なんでもないけど?」
「えー」

絶対なんかあると思った。と言って、陽介はプリントに目を戻しながら笑った。何を根拠に言っているんだか。つられるように私も笑った。
陽介は時々こうして、何も言っていないのに、「ん?」と尋ねて、私の言葉を待つような顔をする。それは決まって私が、陽介のことを好きだと感じたときだ。
俺に何か言うことあるんじゃねえ?そんな顔をされたら、吸い込まれそうな真っ黒い瞳で見られたら、容易にこぼれてしまいそうになる。鍵みたいなものだろうか、陽介の、言い方は悪いけれど、物欲しそうな、「ん?」という声は。

ばれてしまっているんだろうな。と、思う。

「なんか言おうとしてた?」

言ってしまえと言われている気がした。陽介本人に。それが気のせいだったら嫌だから、私は何も言えなくて。どっちにしろ自分から行動を起こすことなんて私にとっては大義なのだから、もらえるチャンスはもらっておけばいいのに、と自分でも思う。わかってるくせに何度もなんどもそれらをふいにしてきた。

「…べつに…なんでもないよ」
「え〜本音は〜?」
「いつ帰れるのかなって思ってる」
「ごめんて」
「早く終わらせて帰ろ」
「わりーな」

言葉では謝りつつも笑顔の陽介はシャーペンでプリントの一箇所をトントンと叩く。藁半紙のそれには男の子らしい自由な数字が箇所箇所に踊っていて、まだまだ空白が大部分を占めていた。
この間の防衛任務で休んだ授業のプリントなのだけど、『こいつはばっくれかねないから』という先生の意向で、私は今限定で陽介の教師・見張り役を兼ねつつプリントを一緒に解いていた。つまり二人とも終わらないと帰れないわけで、早々に解き終わった私が目の前の愛しい人を見つめていたところに、張本人の「ん?」である。
そして陽介は依然シャーペンの先で問題文の下の空白を叩いている上、目線は窓の外だ。終わらせる気はあるのだろうか。

「ねえ」
「なあ」

ちょうど被ってしまって驚いた私に対し、陽介は表情筋の動かし方を忘れたかのような真顔で、いつの間にか、私を見ていた。
そういえば前にもこういうことがあった。ねえ、なあ、が被って、先にいいよ、先にいいぜ、も被って、二人で笑ったのだった。そのときもこうして居残りみたいなことをしていたように思う。そのときと明らかに違う雰囲気であるのは言うべくもないと思うけれど、陽介の顔が瞳があまりにも真剣というか。

ただ単に反射だったと思う。
あ、怖い、と感じた。

「……なに?」

固まった唇から滑り落ちた私の声は、存外落ち着いているようだった。やっとのことで、という感じはあったけども。
陽介は動かない。目は口ほどに物を言うなんて嘘だ。ひたすら黒い、私が妖艶だと感じる瞳は、私を映すだけで、何も言わない。その奥に何を隠しているのか、想像すると、やっぱり怖くなった。私なんかが踏み込んでいいところではないように思えてしまって。
陽介の薄い唇が、ゆっくりと開いた。

「…いや、なんでもねえよ」

絶対なんでもなくない。私がぞくぞくするような顔をしたくせに。なんでもないということはないはずだ。
でもそれを聞く権利は私にはない。何度も陽介のほうから踏み込んでくれたのに、それを遮って知らんふりしているのは私だからだ。陽介がなんでもないと言えば、私はそれをそのまま受け入れなければ。すごく気になるけれど、聞いちゃいけない。
陽介はプリントに目を向けた。私たちを繋ぐ何かが今だけぷっつり切れた気がした。私も思わず、視線を窓の外にずっと投げていた。あんまりに鮮やかな夕陽が目に沁みる。
私の目の前にいる陽介は友達思いだから、決して私を傷つけることはしない、はず。その優しささえも時々とてもつらかった。所詮私は陽介にとって単なるお友達だ。好きの二文字くらい言える勇気はあっただろう、自分からアクションを起こさなくても言える機会もあっただろう、勉強はできても陽介よりずっとずっとずっと馬鹿だ。

「なあ」
「、終わったの?」

プリントの話じゃないことぐらい考えればわかったんじゃないのか。それでも私の口をついて出てきた言葉はそれをさしていて、私はその話を無意識に望んだのかもしれない。馬鹿な自分のことが嫌になったから、自分にスポットが当たる話はやめてほしいと思ったのかもしれない。

「おまえ、オレのこと、」

そこは、オレおまえのこと、じゃないの?茶化す隙はない。
笑っていないその目は一体私のどれだけ深くまで潜り込んでいる。私は、陽介を怖がって、踏み込もうとしなかったのかな。
ああ、でも今こうして、手を引かれて引きずりこまれそうになっている。好き、陽介、好き。そうだよ私は陽介のことが。言える気がした。勇気じゃない。機会でもない。感化されただけだ。ほだされただけだ。言ってしまえばなし崩しだ。それでもいいだろうか。友達思いの陽介なら、許してくれるか、それとも。



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