あんたたちって温度差あるよねと言われた。それも、彼氏の方が高いヤツ、と。
そんなことは、言われなくても知っている。

夏はあんまり好きじゃない。草木も道路もビルも空も何でもかんでも発熱してて、あっつい空気は蜃気楼に揺らいで、私はものの境目を見失ってしまう。どこにいるかがわからなくなる。それが、ちょっと嫌だ。一年に一回は必ず来るものだし、春や秋よりは長いし、私はもう十九年も生きてるから、いい加減、夏は暑い季節だからと諦めてないほうがおかしいかもしれないけれど。
嵐山は夏に似ている。
そばにいると自分の輪郭がぼやけてくるような感じがして、初めて会った時、変な既視感を覚えたのは、そのせいだ。ああこの人は夏なんだって思った。本人に自覚があるかは知らない。さすがに夏そのものと嵐山は違うけど、やっぱり、最初から、得意な印象はなかった。そして恋人同士になったんだから、世の中何があるかわからない。今となっては、いつどうしてこうなったんだか忘れたんだけれども、嵐山はよく覚えてるんだろうな。
夏は、そんなに好きじゃない。
出会ったのは、冬だったか。それだけ、なんとなく覚えている。

「ん?どうした?」
「なんでもない」


温度差って、具体的に言えば?
たとえば、連絡はいつも向こうから。
だって、こっちから連絡する用事もないし、嵐山は広報も兼ねたボーダー隊員だから。忙しいだろうから―――だろうからというか忙しいから、向こうがしたいときに電話でもメールでもしてくれればいい。私はちゃんとそれに応じる。わざわざ重荷になるようなことはしたくはないし。
たとえば、名前呼びをしない。
だって、慣れないから。呼び方は、会ってからずっと“嵐山”のまま。そもそも、嵐山だろうが准だろうが、人間は変わらないんだし。ここまで来て呼び方を変えるのはものすごくしっくりこない。私にとって嵐山は嵐山だ。
たとえば、スキンシップも向こうから。
だって、嵐山は夏だから。そのままふやけて溶けて、くっついてしまいそう。触れたいとも特に思わないし、向こうがこっちに触れたいと思ったときにスキンシップをとってくれれば……これは大体、連絡と同じと思ってくれていい。
たとえば、嫉妬しない、寂しがらない。
だって、する理由がない。嫉妬って、何に?嵐山隊のかわいい女の子に?ボーダーの女の子に?きゃーきゃー言うファンに?かわいいイトコの桐絵ちゃんに?嵐山は私を隣に置いてくれているんだから、する理由がない。寂しがるって、ボーダーの仕事で忙しくて、なかなか会えないことを?だって、それは嵐山の大事な仕事だもの。そのくらいわかってて付き合わない方がおかしいんじゃないか。

友達は私を冷めてると言う。彼氏がかわいそうだの、もっと大切にしてやれだの、それでも彼女か、だの。黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれるけど、私はあくまで個人的な意見を言ったんだから、友達の個人的な意見も聞くべきだろうと思っていつも聞き流しているけれど。


「終電間に合うの」
「え?あっ、もうこんな時間か。…間に合わないかもしれない」
「近くのビジネスホテルとろうか」
「泊まる。ビジネスホテルに泊まるくらいなら旭のところがいい」
「…狭いのに」

外に出たくないだけじゃないの。
自分が夏に似ているからか、嵐山は寒いのが苦手だ。冬に私の家のインターホンを鳴らすときは、いつも耳から鼻まで赤い。寒がりだ。私は暑がりだけど。

「明日、任務とかは大丈夫なのね?」
「ああ、昼に出て間に合う。…お前のそばに心置きなく居れるならいいんだけど」
「ボーダーの顔がそんなこと言っちゃダメでしょ」
「辞めてほしいなら辞めるぞ」
「私の知ってるボーダーの顔はそんなこと言わない」
「そうだよな。どうしてもって言われても、そうそう辞められないよ」
「わかってる」

嵐山が体を預けてくる。好きにさせる。
いくら暖房で人工的に暖かいといっても冬なのに、嵐山は年中夏だ。くっついている部分の境目がなくなっていくみたいな感覚。じわじわ熱が広がっていく。変な感じだ。
付き合い始めこそ、お前らデスバレーとモスクワかなんて揶揄されていたのに、今では私は温暖化が急速に進んでいっている北極の氷だと言われる。侵食しているのはもちろん嵐山だ。

「着替えあったか?」
「こないだ来た時置いていったやつが」
「お、よし」
「よしって」


冬だった。初めて嵐山に会ったのは、確か、冬だった。
夏に比べれば冬の方がずっと好きだ。空気はぴんと張り詰めて澄んでいて、動物や草木が眠っているから、隣やそばに誰が居るか、誰かが居るか、それがすぐわかるから好きだ。
自分のも、隣の人のも、輪郭がパキッとして目に見えるような、全てを個々として扱うような、そんな感じ。そんなときに出会ったんだと思うと、なんだかやたらおかしいけど。
私の周りの空気が緩んだ気がした。私が一番苦手で私から一番遠い季節のにおいを纏って、私の輪郭を確かにぼやけさせた。
そんなもんだ。私たちの出会いにロマンチックも何もない。そんなもん。

夏は、あんまり好きじゃない。
嵐山は夏に似ている。
嵐山のことは好きだ。
でも夏は、そんなに好きじゃない。
好んでそばに居ようとは思わないけど、居ないとそれはそれでいやかな、なんて。私から連絡もスキンシップもしないのは、そんなふうに思ってるから、だ。
私を溶かしているのは、確実に嵐山。
悔しいから言ってやらないんだけど。
相手が嵐山だから冷めてるんじゃないってことを、私だけの夏は、ちゃんと知っている。

「お風呂入ってきなよ」
「一緒に入らないのか」
「そういうとこあるよね」
「冗談だよ」
「嵐山はお湯熱くするから嫌だ」
「なあ、名前で」
「あらしやま」
「……旭」
「さりげなく繋げたなお前」
「いずれそうなるかもしれないだろう」
「はいはい。好きだねあんたも」

温度差があったって嵐山は私の隣に居て私を溶かす。デスバレーに居たってモスクワまで会いに来る。別にいいのに。これから先温度差が縮まることはあるんだろうか。
どっちにしたって、その差は互いの価値観の差異によるものだ。ぴったり同じの二人なんて、どこにいる。
好きとか愛してるって気持ちに差がなければそれでいい。

「ん、」
「……はは、相変わらず冷たいな」
「…相変わらず熱いね」

不意打ちで熱を押し付けられると、たとえばくちびる同士なんか、あっという間に溶けてくっついて、どっちがどっちのものか、わからなくなってしまいそうだ。まあ、

「…もう一回」

くちびるの間に夏が生まれるのは、そんなに嫌いじゃなかったりして。



夏を頬張れ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -