「風間さん私ちょっと玉狛に行ってきます」
「何しに」
「……三雲隊がランク戦を明日に控えているらしいのでアドバイスでもと!」
「行ってくればいい。迷惑はかけるなよ。特に空閑と雨取」
「かっ、け、ません!」
「その様子だととても信用ならんな」
「一緒に行きません?」
「遠慮しておく」
「私どこ行くにも風間さんと一緒がいいのに〜」
「本音は?」
「車出してください!」

ガッと勢いよく飛びつかれる。
お分かりだろうか。
さすがにここで俺がどんな意味で質問しているか分かった奴はすごい。後でもう一回聞くとしよう。
結局俺はいつも彼女には敵わない。
机の上に置きっ放しだった車のキーを一度手に取り、放り上げて掴んでから、溜息をついた。


玉狛に車を走らせるのも慣れたものだ。すっかり顔なじみにもなってしまった。助手席に座る彼女はやたらそわそわニコニコしていて、また溜息が漏れる。
支部の外壁に車を寄せて停めると、目にも留まらぬ速さでシートベルトを外して車を降りていく。さすがA級に相応しい反応だと思うが、無駄遣いするな、こういうことで。

「よお」
「…毎度悪いな。邪魔する」
「旭がな」
「その通りだ」

既にダッシュで走っていったと木崎が苦笑する。全く、あいつは。どんなにどもっていようが、(迷惑は)かけませんよ、と言ったのは誰だ。
ロビーに行くと、案の定だ。なんとも幸せそうな表情で、それぞれ片方ずつの手で空閑と雨取の頭を撫でている。
お分かりだろうか。
俺の彼女の旭は、ただひたすら小さくかわいいものが好きらしい。基準はよくわからないが、空閑と雨取は“小さくてかわいい”に当てはまるから、愛でる対象なんだそうだ。それで空閑も雨取も旭に懐いている。一月に一度はこうして玉狛に行かされるのは、このせいだ。

「おお、かざま先輩。こんにちは」
「……悪い、旭が…」
「い、いいえ、そんなこと」
「悪い気はしません」
「ああんもう!遊真くんも千佳ちゃんもかわいいなあ!二人まとめて嫁においで!」
「よ、よめですか…」

これはもう発作のようなものだ。治まるまで放っておくしかない。……三雲隊へのアドバイスはどこに行ったんだ?
聞けば三雲はちょうど病院で検査通院だというし、出て行ったばかりだからしばらくは帰ってこないだろうとのことだった。それは俺がしばらくは帰れないことを示している。
なんだって自分の彼女が、単にかわいがっているだけの後輩だとしても、べたべたに甘やかしてあんな満面の笑みでいるところを外野で見なければならないのか。うんざりする。
好きなものは仕方ないかと思うが、俺の目の前でやる意味はあるのか。

「あっ、陽太郎!元気してたー!?」
「くるしゅうない!」
「よしっ陽太郎膝おいで!」
「くるしゅうないっ」

その後しばらくは何をするでもなく玉狛に居座り、三雲が帰ってくると、二人で少しランク戦のアドバイスをしてからようやく帰ることになった。今日もお邪魔しましたと旭が菓子折りを木崎に手渡す姿は結構シュールだ。特に背が高い木崎も腰を折って二人して低姿勢なものだから、つい吹き出してしまう。
車に乗り込んで、わざわざ見送りに出てきた三雲隊に、窓を開けて軽く頭を下げた。旭は相変わらず幸せそうな表情で手を振っていた。

帰りの車のみならず、家に着いてからもこいつは喧しい。猫やら犬やら小動物と触れ合ったときより、人相手のときのほうがよっぽど喧しい。厄介だ。
半ば呆れながら靴を脱ぎフローリングを踏む。すぐあとに旭も続いて、……今日はどうしたんだか、後ろから抱きついてきた。
いや、彼女のこういうスキンシップは常で、俺はこいつにやたらと懐かれていると感じることは多々ある。あんまりにも押せ押せなアプローチに負けたのは俺だ。玉狛に行った後はいっとき余韻に浸っているから、こんな風にくっついてくることは珍しい。

「あ〜…やっぱり風間さんは実家のような安心感がありますね…」
「素晴らしい手のひらの返しようだな」
「え?あの子たちですか、ベクトルが違いますよ。風間さんのはラブですよ」
「調子のいいことだな。空閑と雨取を嫁に貰うんだろう?」
「私が嫁ぐのは風間さんだけです!」
「言ってろ」

半分引きずる形でリビングまでなんとか向かう。体重をかけるな自分で歩け。風間さん好きですとか愛してるとか聞こえるが知らん。
これがご機嫌取りじゃなく本心からのものだからまた厄介なのだ。
何も妬いたとかではなく…さすがにあいつらには妬かない。ただ、やるなら勝手に一人でやれと思うだけだ。俺を巻き込まないでほしい。面倒だし木崎に頭が上がらないというのも確かにあるが、俺は玉狛に特になんの用もないのに居座るなんて居心地が悪い。旭は楽しいんだろうけども、俺としては。
嫁ぐのは風間さんだけです、か。付き合い出してもう数年は経つのに未だに「風間さん」呼びの奴が何を言ってるんだか。

「……撫でるのをやめろ。あと離れろ」
「ごめんなさい風間さんかわいいからつい」
「…………」
「ギャアッいったい!すみません!でも好きです〜」
「うるさい」
「……風間さんなんか怒ってます?」

かわいいと言われて喜ぶ男はいるのか。別に身長なんかこれっぽっちも気にしちゃいないが、そこをかわいいかわいいとペットのようにかわいがられるのはいい気はしない。一応旭よりも年上の21歳だということを忘れているのか関係ないと思っているのか、こいつは少し無神経なところがあると思う。
小さくてかわいい、という条件に俺が当てはまるだけなんじゃないのか。何がラブだ、信用できるか。声に怒気が滲んでしまう。
旭は俺の背中にしがみついたままぱたりと足を止めて、肩に顎を乗せてくる。頭の上には『?』が浮かんでいるように見えた。

「そこをかわいいと思っちゃうのも本当ですけど、風間さんだけですよ」
「…何が」
「かわいいもかっこいいも好きもあいしてるもすごいなーもずるいなーも、愛慕と好意と羨望と嫉妬が私の中に同居できるの。風間さんだからですよ」

にひっと言って幼く笑う彼女に、今日何度目かわからない溜息をつく。

「大好きです風間さん」
「……そうか」
「へへへ。明日一緒にB級ランク戦見ましょうね。となりいてくださいね」
「…もう好きにしろ」
「やったー予約ー!」

あまりにもまっすぐだから、ぶつかって砕けてもまた欠片を集めて立って、また走り出す。そういう奴だ、旭は。何回もぶつかられて、それでも向かってきたこいつを受け止めたのは、俺じゃないか。
やっぱり俺はかわいい彼女には到底勝てそうにない。肩に乗った頭をぽんぽんと叩いてやると、嬉しそうに笑った。
明日また空閑や雨取やその他のB級隊員にもいつものような態度を取るんだろうけどな。そこに嫉妬も羨望も愛慕も無いのなら、俺もどうしたって旭のことが好きだと、そうして毎回思い知らされるのが、気に食わないだけだ。



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