嵐山准っていうと三門市ではそりゃあ有名なボーダー隊員だ。そもそもボーダー自体三門市の平和を守るものであることに加えて、嵐山隊は特にメディアへの露出が多い。社交性が高くて顔が良くて正義感が強くて家族思いのA級隊員なんて、マスコミや市民にとってみれば格好のヒーローだ。そんなできた人間が存在すると本当に思っているのだろうか。


「准?」
「旭」
「何かあった?」
「いや」
「そっか」

准が後ろから私のお腹に手を回してくる。片手はお腹に回された大きな手に重ねて、もう片方の手で、肩に置かれた准のふわふわの頭を撫でる。
准は何も言わずに、時々こうして甘えたがりになる。私も何も言わない。ヒーローにばっかり苦しい現実を押し付けて、所詮はただの人間でしかない、みんなが作り上げただけのヒーローが失敗でもしようものなら思いっきり叩くんだから、群衆というものは本当にどこまでも勝手で怖い。

長男とか長女は弟妹がいるから、その実績やなんかを褒められるのが嬉しいって、大学の講義で聞いたっけ。准は長男だけど私には実績や功績を褒めてもらいたいとは思っていないらしい。逆にこうして、二人きりの時はやたらと甘えたになる。普段テレビやら雑誌でキラキラしているのも疲れるだろうし、私でよければ全然構わないんだけど。
准はたまにこうして私にすり寄る。それに私が安堵していることを、准は知らない。

「准」
「……ふふ」
「ん?」
「…もっと、呼んでくれ」
「准?」
「そう」
「准。准くん。じゅん、准」

首元でくすくす声が聞こえる。今日は名前を呼んでもらいたがりか。
まるで街を守るヒーローとは掛け離れた姿だ。嵐山准のこんな姿を知っている人は一体何人いるんだろう。いや、何人も知らなくていいな。

「……なんか、いいな」
「なにが?」
「すごく、好きだ」
「お、おう…」
「俺、旭に名前を呼んでもらうの、好きだ」
「…准、って?」
「そう、それ、…はは」

愛されてるな。准が呟いた言葉に、顔がかっと熱くなった。
ただ名前を呼ぶだけでそんな風に思われるなんて、そこまで無意識に、准と呼ぶ声に愛情を乗せてしまっていたのか。滲んでいたのか。恥ずかしい。
愛、というのは、なんだかすごく崇高で、私にはとても似つかわしくないもののように思える。愛と狂気は紙一重とも言うから、私はまだ狂気を持ち得るほど器用なおとなじゃないから、愛と言われると途端に気恥ずかしくなる。

「旭」
「うん?」
「愛してる」
「…知ってる」
「そうだよなあ」

こんな答え方で嬉しそうにする准がよくわからない。でも知ってるというのは事実だし、俺の気持ちはちゃんと伝わってるか、って時々不安そうな顔して言うから、これで准を少しでも安心させることができたらと思っている。嬉しそうにしているし、喜んでくれるならそれが一番だ。
まともに返事をするのは私が恥ずかしいから、なんてのもあるんだけど。

それにしても甘えん坊モードに入ると、准はこっちがこっぱずかしくなるくらい一日べったりだ。だから出かけたりなんかできない。まぁいつも任務に取材に収録に訓練にと疲れている准を連れ回す気は普段からさして無いからそれはいいんだけれど、乗じて事に及ぼうとするのはいかがなものか。私は結局いつも流されてしまう。

「……この位置、あまり顔が見えないな」
「そりゃ私准に背中向けてるから」
「よし、膝貸してくれ」
「えええええ」
「イヤなのか」
「……ヤじゃないけど」

小声でそう言うや否や准は私の横に回り込んで、別に大して細くも綺麗でもない私の太腿に頭を乗せた。くすぐったい。
甘えん坊モードの准は膝枕が好きだ。ここから准のいいようにさせてベタベタに甘やかさなきゃいけなくなるのはわかっているんだけど、許してしまうあたり私も甘い。
……あれ、私、承諾したっけ。
羽根のような不思議な髪を梳いて撫でると、准もくすぐったそうに笑った。

「なあ旭」
「なんですか准さん」
「愛してるって言ってくれ」
「むり」
「へえ」
「……無理じゃないけど恥ずかしい」
「今さらだろう」
「…………」

そしていつも、愛してるって言ってくれ、とねだる。
私と歳も変わらない准は、いとも簡単に、愛してるとかを口に出して言うけど、私は、そんなふうに言えるのが信じられない。恥ずかしくってとても言えやしない。准を愛しているのはほんとうだけれど、私みたいな子どもにはとても似合っていないんじゃないかと思うと、無理に背伸びしているみたいで、こそばゆくてしょうがない。
普段はシェパードみたいにキリッとした目をしてるくせに、こういうときだけ、仔犬のような目をするのはずるい。

愛しているに決まってる。それも、失敗したからって手のひらを返すほど、無責任なものじゃない。何があったって愛してる。私だけのヒーローでいてほしいなんて言わない。そんなこと思わないくらい愛してる。
私の前ではそうやって准そのものでいてくれればいい。どれだけ愛想を振りまいてもいいから、私の前では、ヒーローでもなんでもない、たったひとりの嵐山准でいてくれれば。

「准、」

愛してる。あなたを想って、こんなふうに涙が出るくらいには。



全身全霊で愛してる
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