「……はぁ…」
ため息が一つ、夕暮れの帰路に消えた。
私、坂口氷雨は、不揃いに切られた髪の一束を見つめる。本日の内容、いつも通りの代わり映えしない地味な暴力と、工作用のハサミにて髪を切られる。
もう何回こうしてため息交じりに帰路に着いたのだろうか。といっても、理由なんてもうとうの昔に考えることを辞めたのだが。
「(長い髪、ちょっと好きだったんだけどな…)」
また一つため息を吐きたくなった。
昔テレビでため息を吐くと幸せが逃げる、なんて言っていた気がする。何を今更、と自分に毒づいた。
何の因果か、物心ついたときから私は一人だった。学校に行ってもクラスで孤立し、いわゆる“イジメの対象”、家に帰っても親は親で私をいないものとする。お金が必要になるなど、必要最低限なことがあれば文書にてやり取り。返事は、返ってきたためしはないが。
それでも、今までこの退屈な世界を生きて行くことができたのは、とある一人の人のおかげだった。
「(……おばあちゃん。)」
胸元に隠しておいた銀色の鈴のネックレスを取り出す。それは一度だけちりん、と鳴った。
私の家の近所にいた、一人の女の人。
血は直接繋がっていなかったが、唯一人私が心を許せた人。
もう、数年前からこの世にはいないのだけれど。
いくら地味な暴力だとしてもダメージは残るわけで。重い身体を半ば引きずるように歩く。辺りを赤く染める夕焼けが、嫌に綺麗で腹が立つ。
ふと気づくといつもと違う道を歩いていた。無意識に歩いていたんだと顔を上げれば、見慣れない神社が目に入った。
「こんなところに、神社が…」
自分でも不思議なくらい、吸い込まれるように足が神社に向かっていた。
体力も限界の中、石段を登る。銀色の鈴を、いつもの如く握る。
頭の中では、何故かおばあちゃんの言葉がこだましていた。
『氷雨の髪は、いつも漆黒で綺麗だね。』
おばあちゃん、私ね。
『ねぇ、氷雨。氷雨は他の人とは違う。特別なんだよ。』
おばあちゃんがいない世界で生きるのが、もう疲れた。
『今は、信じられないかもしれない。自分のことも、他人のことも。』
もう、“やめて”…いいかな……
『…いつか氷雨が、自分のことも愛せるようになって、そして本当に心から信じられる人たちができたら、そのときは、』
ねぇ、おばあちゃん……
『その人のために、生きるんだよ』
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