“君は巻ちゃんが好きか?”と目の前の人が問うた。
その質問に答えるならば、私は巻島さんが好きだ。それは先輩としてというか、超えるべき存在だからだと思っていた。…いや、そうに違いない。それ以外に何がある!でも箱根学園の東堂さんはそれは違うと言った。そんなの東堂さんにわかるわけないじゃないか。
何だかモヤモヤし始めてしまった私は喫茶店の向かい側に座ってさっきからニヤニヤしているその人を睨みつける。なんだこの人。巻島さんのライバルじゃなかったら殴っているところだぞ。人の顔を見てニヤニヤニヤニヤと。
「巻島さんは、尊敬する先輩ですよ」
「甘い、甘いぞ結衣」
ハァァとわざとらしくため息を吐いた東堂さんはカチューシャで露わになっているおでこに手を当てる。一々何なんだ。ため息を吐きたいのはこっちだぞ!
どんなに何を言われてもその事実は変わらないというのに。
「先輩後輩の前に、お前たちは男と女だ」
「……だからなんですか」
「だから、」
恋愛に発展しても可笑しくはないだろう!とコーヒーカップを片手にワハハと笑う東堂さん。その言葉に多少動揺してしまったのはどうしてだろうか。……そんなの、
「そんなの、あり得ませんよ」
「ほぅ、どうしてだ?」
「……だって、」
いつも巻島さんにくっついて歩く私は、いつも巻島さんに相手にされない。優しい巻島さんは私を邪険に扱うことはしないけれど、迷惑がっていることはわかっている。それでも拒絶されないという弱みにつけこんで構ってもらっている私も、相当性格が悪いけれど。
「巻島さんはきっと私のことを迷惑だって思っているからですよ」
言葉に出してみたら、なんと切ないことか。ズキズキと胸が痛むのはきっと尊敬している先輩に嫌われているということを自覚してしまったからかもしれない。ああ、女じゃなくて坂道くんみたいに男の子だったら嫌わないでもらえたのかな。巻島さん、女の子苦手そうだしな。
そういう意味で、いっそ男の子に生まれたかったなぁと呟けば目の前の東堂さんは少しだけ目を細めた。
「……それはならんよ」
「え?」
もうさっきから意味がわからない。東堂さんは何がしたいんだろうか。私に何を言って欲しいのか。何を求めているのか。
「結衣、一つだけ教えてやろう」
お前の巻ちゃんへの感情は、もしかすると色恋の類かもしれんぞ。
「………」
「どうだ?」
「………」
「結衣?」
「……ははっ」
思わず笑いが出てしまった。色恋?ということは、恋愛?そんなこと…あり得ない。……もし例えそうだとしても、
「そうだったとしても、私はきっとその感情を巻島さんに告げませんよ」
隠して隠して蓋をする。悟られないように、平常に、そしてそれを巻島さんの卒業まで我慢すればいいだけのこと。
巻島さんには私の目標でいてもらいたい。巻島さんにも私のことを後輩の一人だと思ってもらう。それでいい。
「何度思いを吐きそうになっても、巻島さんにそれを知られなければいい。ただそれだけです」
今の関係を壊したくない。もし距離を置かれてしまうなんてことが起こったら、私はきっと耐えられない。そこまで気づいて、やっぱり私のこの思いは恋愛なのかなと思い始めた。…恋愛だろうが尊敬だろうが、なんだっていい。巻島さんとは、今のままでいい。
目の前の東堂さんは複雑そうな顔をしていた。珍しく何も言わない。
すっかりカフェオレの氷が溶けた。少しだけ残っていたそれをずずずと飲み干すと、私は自分の分のお代をテーブルに置き、東堂さんに一つ会釈をしてお店を出た。まだまだ外は暑い。