確執

自分から墓穴を掘った自覚はあるのだが…これはキツイ。

「おい黒琥…」
「…」
「ダンマリか、お前の低能な頭でなに考えてんだ。早く相手を吐け。」

兄貴は学校に行くために門の前に停めてあったリムジンに乗り込むと、俺と向かい合わせに座って、俺を強姦した相手をゲロさせようと圧迫かけてきた。
リムジンはぐるりっと車体を囲むように座席が設けられているから向かい合わせも可能なのだ。
兄貴の磨き抜かれたブランドもんの革靴でガッと膝を蹴られても、この状況で俺がやり返しなど出来やしない。

しかも、しかも…何時の間に乗り込んだのか、あの黒い蝙蝠がハァハァ言いながら俺たちのやり取りをニヤニヤしながら見ているから俺は限界なわけで。

「いいんだよ」
「アア゛ッ?」

ギンッと冷徹な瞳を向けられて俺はゴクッと咽喉を鳴らす。
俺はカラーギャングのヘッドを務めているが、所詮はお遊び。
兄貴は極道を仕事でやってる。威圧感が半端ない。

「強姦はされたがやり返した…いいんだ。」

うわああぁっ自分のボキャブラリーの無さに哀しくなってくるっ、案の上、兄貴は納得してないのだろう凄絶に嗤った。

「勘違いするな、俺はお前のことなんかどうでも良い。
ただ月宮組がコケにされるのが我慢ならないだけのことだ…はやく吐け。
でなければ、黒田も海に沈めるか?」

その驚愕の言葉に俺は顔を上げる、あんまりだっ!

「やめろっつってんだろうがっ!!」
「てめぇがさっさと吐けば話は終わりなんだよっ!!低能が!」

檄した俺の言葉は兄貴の容赦ない腹への一蹴りで沈められる。

「グゥッァッ」

ドスッと背中をリムジンの背もたれに強かに打ち付けて俺は呻いた。
そのまま髪の毛をガッと掴まれて、顎を上げられる。

「所詮、売女の血は売女だな…」

そうして兄貴はニィッと悪童のように嗤った。

この蔑まれる目線に俺は胸のうちが燃えるのが分かった…久々な感覚だ。

そもそも俺と兄は血は半分しか繋がっていない。
月宮組組長であるオヤジが余所でこさえたガキが、俺だ。

兄貴の母親と兄貴はそのせいで大分苦しんだらしい。

らしいというのは俺はそのことを知らなくて、オヤジはただ忙しい人間だと思っていたから、オヤジが他に家庭を持っていることも、ましてや俺らが浮気相手の方だとも知らず安穏と暮らしていた。
兄貴は極道の跡取りとして必死に生きてきたが、俺は小学校6年の時に母が癌で死ぬまで、極道の家とは何の関係も持っていなかった。
母が死んだ時に突然連れてこられた月宮組で、真実を知ったのだ。

「オレのお袋を馬鹿にしてんじゃねぇよ!!」

だがそれとこれとは別だ、お袋は死んだ、死んだ人間は還ってこない。
ならば息子である俺だけは誰にであっても、お袋を馬鹿にされたら抗いたいのだ。

オレが本気で叫び、蹴りを繰り出した一瞬、クッと嬉しそうに、目の前の男が柔らかく目を和ませたのは錯覚だ…そうに違いない。

そのまま簡単に足を取られてバランスを崩され、リムジンの席に片足を取られた格好で俺は抑えつけられていた。
流石、武道有段者っていうぐらい鮮やかな手つきだ。

「敵わないことは分かっていただろう?」

グッと足の関節をきめられながら兄貴は嗤う、俺の抵抗を楽しむように。

「だからって、テメェの母親を馬鹿にされて黙ってる子供が何処にいるってんだよ!!」

俺の言葉に兄貴は瞬く程の時間、微笑んだ。
あまりに似つかわしくない、その笑みに俺は一瞬、自分の目が見せた錯覚とも想うが、そうではない。

「…お前はそういう奴だったな」

そしてゆっくりと前髪を掻き上げるように撫でられて、兄貴と視線があった。

「お前はそういう奴だ。」

そして、おもむろにパッと手を離すと、兄貴はリムジンのなかに設えらえた電話に手を伸ばし運転手に電話する。
秘密を守るために運転席からこちらの音は聞こえない仕様にしてあるのだ。

「出せ、黒琥のチームの溜まり場から、しらみ潰しだ。兵隊をいくらでも使え。」

だから聞こえてきた声に俺はゾッと寒気がした、不味い。不味い、この兄に敵うはずがない。

「抵抗するもの?すり潰せ、地に這い蹲らせろ。」

玲瓏な声で、兄はそして命じた。俺に視線を向けながら、その冷酷な瞳で俺に無言で問うていた。

お前はどうする?と…





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