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ストレイト皇国の都・ヒュンベリオンは光の都。
伝説の王・アーサーの魂を持つ、永久の聖王・シュレイザードが治める都。
人々は寄り添い、魔すらも受け入れ、善政をしく聖王のはるけき、その都。

その崖の上に築かれた巨大な真白き城内でこの国を動かす重臣たちが集まり、重苦しい空気のまま話し合っていた。

「記憶喪失!?」

円卓の騎士・ガウェイが王医の言葉に声を荒げた。
医師はその皺くちゃの顔を苦渋に歪めて唇を噛んでいる。
そしてガウェイは燃え上げるような赤い髪のように激昂して叫んだ。

「ヴェルスレムの糞野郎が!!あれだけシュレイ陛下に重用されていてっ!!」

彼の言葉は、確かにその通りだったので宰相のツキュールも何も言わなかった。
だが宰相である彼は、ヴェルスレムの苦悩の一端を理解していた。
彼は騎士・ランスロットと裏切者・モードレッドの魂の欠片の両方を合わせ持った異端の騎士だった。
故に両方の聖痕を持ち、それ故に聖王陛下に出会うまで酷い差別を受けたと聞く。
それで二人は出会い、互いに仲を深めて『義兄弟』となり『心友』とも呼べる仲になったことに周りは、ヴェルスレムに嫉妬を持ちながらも見守っていたのだが。

それを宰相が見たのは偶々だった。

月が青く輝く夜。
王宮の咲き誇る花々の園のなか、水晶でできた四阿で聖王がヴェルスレムの膝を借りて眠っていた。
二人のラフな格好から、おそらく眠る前に話をしていたのだろうを察しが付く。
聖王・シュレイザードは酷く不器用に甘えるときがある。それが気を許しているということなのだろうと部下たちは聖王を愛しく思うのだが、その時の二人の間を漂う濃密な空気はどこか違った。

思わず柱の陰に隠れて二人を見つめると、ヴェルスレムが聖王の漆黒の髪を掻き上げた。
優しい手つきで何度も何度も撫でる。
見てるだけで情が伝わるような触れ方で王に触れる騎士に、その時、ツキュールはもしやと思う。
だがその思いが確信に変わったのは、眠り続ける聖王にヴェルスレムが身を屈めて、口付けをしたときだった。水晶が月光で輝く中で行われた秘め事は、ツキュールの胸の内に秘された。

そして注意深く二人を見る様になれば…ヴェルスレムの苦悩を垣間見れるようになった。
自制の強い円卓騎士筆頭だからこそ、それが見れるのはごく偶のことだが。
騎士は焦がれているのだ、宮中に咲く美姫ではなく、自身の永久の王に…それは切ない一枚の絵画のような物語のように想えた。

いにしえの伝説の話。
ランスロットはグゥエンへの恋情故にアーサー王を裏切り、アーサー王は死んだ。
ランスロットが唯一の王を喪ったことに絶望し、アーサーを甦らせる旅にでるが、それも失敗に終わり、ランスロットはアーサー王を甦らせないまま、アーサー王に焦がれながら死んでしまう。

モードレッドは自身の尊敬していたアーサーを屠るために裏切りまでしたのにアーサーの命はランスロットが原因で散らされ激怒したという、彼はアーサー王が亡くなり、その後の混迷する国をアーサーの名を穢さぬように…よく治め、そして死んだ。

思えば、アーサーの魂の欠片を持つ聖王・シュレイザードにヴェルスレムが焦がれたのは過去の因縁を考えたとしても当たり前と言えば当たり前のことだった。
だが肝心の聖王はヴェルスレムを完全に「騎士」として、または「心友」「義兄弟」として見ていた。だからヴェルスレムの劣情に気付いていなかったのだろう。

魔物との戦いや、ただ領地の安定を務めている時はまだ良かったのかもしれない。
けれど元々、危うかった二人の均衡が崩れたのは、聖王が求婚されたためだった。
それも『災厄の魔王』に。
傲慢・憤怒・嫉妬・怠惰・強欲・暴食・色欲を司る『災厄の魔王』の虚無の進撃が起こったのは、数年前のことだが、それを聖王は各地の領主の力を借り、自身が中心となって同盟を結成、見事打ち払ったのである。百鬼夜行、魔物の無数の進撃を止めた聖王は魔王との和平会談を持ち、その場で人と魔は互いを認め、半永久的な平和を実現とした。

それは表の話であるが…色欲・強欲を持つ『災厄の魔王』はその場で聖王をを大層気に入り、自分の妻となれっと言い放ったために波乱が起こった。

その場に条約の締結など事務関係で一緒にいた私は隣りにいたヴェルスレムが反応したのが分かった。
そんなこちらのことなど気にもかけずに『災厄の魔王』はなお一層、我らが『聖王』を口説く。

「俺とお前が結ばれれば、この平和はいっそう強固なものとなる」と。

それに聖王はニッコリと微笑んで、「面白い」と言っただけだった。
この時ばかりは不味いと思った、私は悪くない。
だってその聖王の答えに気を良くした魔王はおもむろに聖王に口付けたのだから。
クチュリッと水音を響かせ、吐息が絡まり、聖王の体から力が抜ける、色事に疎い我ら王が、「色欲」の名を持つ魔王の手管に叶うはずもなく、長い時間、堪能されてしまった。

それを止めたのは隣りにいたヴェルスレムで、その腰にさしていた流星剣を抜き放ち魔王に向けたのだ。
「下がれ、無粋な奴だな」
魔王の夜空を写し取ったような群青の瞳、に刺し抜かれながらもヴェルスレムは叫ぶ。
「黙れっ!わが王に働いた無礼は万死に値する!!」
今にも振りぬかれそうな剣を止めたのは…やはりというか魔王の腕に捕らわれている聖王で、
「やめろ」
そう一言つげて、するりっと魔王の腕から出ると、ヴェルスレムの頬を撫でる。
「たかがキス一つ減るものでもない、魔王の戯れだ、気にするな。」
と男らしく告げる。

陛下…それは。

私は暗澹たる気持ちで見ていた、あまりにヴァルスレムが哀れでならなかった。
だから崩壊の音は近くまできていたのだ。

ストレイト皇国の都・ヒュンベリオンは光の都。
伝説の王・アーサーの魂を持つ、永久の聖王・シュレイザードが治める都。
人々は寄り添い、魔すらも受け入れ、善政をしく聖王のはるけき、その都…だが全ては永遠ではない。






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