玉響の露(友雅)
いつか…必ず…その時が巡り来る…
いつか…必ず…私は君を…
独りにする…
尽きてしまう…自分の命を知っているから…
君に伝えるべき言葉が出ない…何を言えば良いというのか…この有限な命で…
この幾年は…幸福な眩暈のように瞬く間に過ぎた…
そして…ゆるゆると…『その時』が近づいてるのが…判っていた…
君に何て伝えれば…
私は…もう消えるのだと…
君の心に傷を残したくない…
君に何て伝えれば良いのか…
君に伝えるべき言葉が出ない…
それは罰…『龍神に愛でられし宝玉』を手に入れた私への…
確かに龍神は私に言ったのだ…最期の戦いが終わり…応龍の元に行く筈だった真貴を私が引きとめ…そして…ゆっくりと##
真貴が空から降りて来た時…あの目も眩む白銀の光が神泉苑に降り注ぐ中で…
『神子は我等の神子…我等の手元に居るべき存在…地の白虎よ…そなた神に弓引くこと躊躇わぬか…』
応龍は圧倒的な存在だった…ただ其処に居るだけで…ただその声が頭の中に響くだけで…
自分の存在が握り潰されそうだった…それが『神』と『人』の差…
けれど…彼女を失うということは…私に『心』を失えと言ってるのと同じことだった…
それは私に『朽ちろ』と言ってるのと同じこと…だから…
『私には彼女が必要だ…たとえ神が相手でも…渡す気など無い…』
そう答えた…すると空に浮かんでいる応龍は、その冷徹なる銀色の瞳を細め…そして、次の瞬間…
『ぐっ…つっ…うぁ…』
体が切り裂かれるような痛みが内側から轟いた…
ドクンッドクンッと心臓が打ち鳴らされるような激しさに、耐え切れず胸を掻き毟る…
ヒュウッと漏れた吐息が熱い…体が焼ける様で…私は立っていられずに倒れこんだ…
ドサッと体が沈む…けれどその辛苦は続いた…
視界が暗く歪む…
嫌な汗が吹き出て…吐気がした…
そして私が自分の意識を手放そうとした時…
『友雅さん!!』
光が見えた…
支えられる…その暖かさに…その光に触れられた瞬間に…あの激しい苦しみが終わって…
呼吸が出来た…汗が引いていく…視界も柔らかく戻って…
そして顔を上げると…
『大丈夫ですか?』
君がいた…いつの間にか神泉苑に降り立って…崩れ落ちた私を支えてくれていた…
『こんなに汗を掻いて…何処か苦しいんですか?黒龍の瘴気がまだ残ってるのかも…』
泣きそうな優しい…愛しい君…その姿に私は思わず微笑んだ…
『大丈夫だよ…君が私を救ってくれたからね…』
それは真実…『人』であるにも関わらず『神』の物を欲して…そして手に入れた私が消えそうになったのを…
君は救ってくれた…
私の光…
だが彼女は、その漆黒の瞳を見開く…
『何のことですか?』
面白いことに彼女自身は自分が私にしてくれたことを判っていないらしい…
それが可笑しくて…私はまた自然、微笑んでいた…
『いいや…私が君を愛してるということだよ…』
そう、その柔らかい肢体を掻き抱いて…耳元で囁くと…彼女は私の腕の中で頬を染めた…可愛い…本当に…
…そう…愛してる…君を…
自然に想う…溢れ出る想いが幸せ過ぎて…深すぎて…雫が零れそうになる…
『…愛してるよ…真貴…』
吐息で囁けば…君は私の胸に顔をうずめて…
『はい…私もです…』
微かに私の裾を掴んだ…
ずっと、ずっと…いついつまでも…それが続くことが…ただ一つの想いだった…
交わる視線に…震える言葉に…幸福だと想った…
それが破られるなど…ただ人の身で知る筈など無い…
それが…呆気なく失われるなど…想いもしない…
白銀の神気が降り注ぐ神泉苑で…ただ互いの暖かさを感じて抱き締めあっていた…
そして…どちらからともなく視線を交わし…唇を重ねた…
甘い吐息…
そして暫らくして離れた時…
「私だけの側に居てくれないか?」
真貴の耳朶を真剣な友雅の艶やかな囁き声が打って…それに真貴は白磁の肌を紅に染めて頷いたのだった…
◇→