華(友雅)
内裏での仕事が終わり、左大臣家の館に顔を出した時には、すでに夕刻になっていた。
神子殿と真貴殿の顔を見たら、すぐに帰ろうと思って、お目通りを願うため藤姫の室に入ると何やら血相を変えて女房や他の八葉と話している。
「やぁ、どうしたんだい、皆集まって、何か起こったのかな?」
すると頼久が厳しい顔で、
「真貴殿が館から抜け出してしまったのです。今から皆で探すところです。」
と言った。
夕刻になっても帰らないなど深刻だ…京には怨霊以外にも人買い、盗賊などの危険が多い、
「わかった、私も手伝うよ。人手は多い方が良いからね。」
ありがとうございます、と頼久が言うなかチリッと焦燥めいた感情が胸をかすめた…私らしくもない。
その後あちこち市などをまわったが真貴殿は見つからなかった。そのせいか、さっきは微かしか感じなかった焦りと焦燥が私の胸を押し潰すように広がっていた。
(真貴殿…)
そして、私はまだ行ってなかった河原院へと足を向けた。
夕焼けが急速に夕闇へと変わる…花の甘い香りが何処からか届いていた。私は河原院の奥へと足を向け、崩れかかった建物を横目に前方をみると…目的の人が、いた…そして…
あまりの美しさに息がつまった…
呼吸が上手く出来ない…
庭の一面に白銀の光を放つ花が咲き誇って、その光が真貴殿を優しく包んでいた。
こういう時に思ってしまう…君は私達の世界に属する者ではないと…
こういう時に思ってしまう…君は私たちの世界に属する者ではないと…
白銀の光の中で真貴殿の薄藍色の狩衣と白の指貫が鮮やかに映えて、月の天女はこのような者かもしれない、と思う…しばらくすると真貴殿は今度はゆっくりと手を上げた、ザアァァァと白銀の花がその動きにあわせるように上へと流れて…
淡く光を放つ花びらの中で、どこまでも君が遠い…何を見ているんだい?そんな遠い目をして
君が桃源郷に乞いこがれても私は君を離したくない…それなのに同時に何者からも自由でいて欲しいとも思う…
この愚かな考えを君は笑うだろうね…自分のなかでも、まだ淡くしか形作らない感情なのに…
願うなど間違ってる。確たる証が無いのに想うことは愚かだ…
それでも良いと…
私の中で誰かが囁く、この想いのまま、まかせて…捕えればいい
私の感情のままに…
ザアァァァァ
花が散る。白銀に淡く…その中でどこまでも君は儚くて抱きしめずには、いられない。
「とっ友雅さんっ!!」
「やっと私に気付いたのかい?月の姫君。」
(かわいいね。後ろから抱きしめるだけで頬が紅に染まるとは)
「離してください」
そう言うと私の腕の中から逃れるために、真貴殿は身をよじったが、逆に私は、その動きを易々と封じた、そして真貴殿の耳元で
「駄目だよ君は私の側にいなさい。」
と囁くと真貴殿がビクンッと反応した。
(かわいい)
つい耳を甘噛みすると、また反応してくれるので真貴殿の顎を上げて、気付いた時には真貴殿の唇を激しく奪っていた。
私の背中に感じる手に理性を戻して、真貴殿を見ると、うるんだ瞳で私を見上げていて、彼女の方はやっと立っているという感じだ。
私はいっそのこと、このまま自分のモノにしてしまおうかと思ったが止めて、真貴殿を抱き上げた。甘い花の香りが私の侍従の香とあわさる。
「さて子供の火遊びは、ここまで…土御門まで、お送りしますよ。姫君」
何処からか花の香りがした…それは、たった一つこの腕の中の白銀の花…
END
◇