切り裂かれる心

二人は跳躍し距離を取る・・・途端に鯉伴からビリビリとした殺気が膨れ上がった。
先程のお遊びでない・・・鯉伴の本気を感じて、常世は息を飲む・・・

哀しいのか・・・そうでないのか・・・毒の傷みで意識が朦朧となる・・・
けれどその中で鮮やかな鯉伴がどこまでも綺麗だと想う・・・

「俺の手で引導を渡してやるよ」

ぬらりひょんの刀が月光を受けて輝いて・・・魅入られる。

俺も・・・俺自身が犯した罪を贖いたい・・・・・俺は俺を殺したい・・・
けれどもし叶うなら・・・鯉伴の手で・・・死にたい・・・と想う・・・
陰陽師との約束があるから、それも叶わないが・・・

そんな考えに常世が笑うと、ぬらりひょんは一瞬不快そうにして飛び込んできた。
常世に嘲笑われたと思ったのだ。

上空に飛び、大振りで強烈な一撃が常世に向けて振り下ろされようとしていて・・・
攻撃力もあるが、隙も多いその体勢を・・・常世は下段から刀で斬りつけようとするが・・・

その時、虜の毒の強烈な痛みが全身を駆け抜けて・・・常世の視界がゆらいだ・・・

「つつっ!!」

動きが止まる、そして・・・一瞬、常世の力が弱まった故に、鯉伴を見失った・・・
ぬらりひょんの力・・・で姿を捉えられなくなる・・・

避けられねぇ!!!!

本能がそう察知する・・・
俺の体が俺のもので無いような感覚・・・

常世の漆黒の瞳に・・・おおきな天満月と空をうすく流れる雲がうつった・・・

あぁ綺麗だ・・・お前みてぇに・・・

その一瞬の後に、艶麗な鯉伴が視界一杯に現れる・・・
まるで月の化身のように・・・
刀が月光を反射して・・・煌めいて・・・

ザシュツッッッ!!!!

清水の屋根の上に・・・紅が舞った・・・
鯉伴によって、右の肩口からバッサリと切り裂かれる・・・

だが常世は艶然と血に濡れながら・・・笑う・・・

その腕の中で息を止めたいと願った・・・それだけでいい・・・
力が抜けて・・・膝から崩れ落ち、すると抱きとめられた・・・

そんのことをされると想わなかったから、泣きそうになる・・・

逞しい腕の中で・・・鯉伴の薫りに包まれて・・・

この一瞬でいい

この一瞬で俺は笑って逝ける・・・

だが、鯉伴は直ぐに力任せに常世を突き飛ばした、
常世は強かに背を清水の屋根に打ちつけ・・・
その反動のまま、ドンッと屋根から体が放り出され・・・叩きつけられたのは・・・
「清水の舞台」だった・・・

這い蹲り、ゴホッと血を吐くと板張りの床に紅が流れる・・・

『知ってるか?清水の舞台・・・』

遠い声が聞こえた気がした・・・

『死ぬ気でやれば何でも出来るって意味だそうだぜ』

死ぬ気で・・・か、今の状況で微かに常世は笑う・・・

肩口から深く切り裂かれた痛みと、落ちた衝撃で、うつ伏せに倒れ伏す常世の目の前に、ストッと身軽に鯉伴が降り立つ・・・
鯉伴はどこか苦しそうに叫んだ。

「こんなもんじゃねぇ!!てめぇに殺された妖達の無念はなぁ!!!」

それに常世は苦悶の荒い息を零して、鯉伴を見上げる・・・

虐殺された出雲の百鬼夜行たち・・・そして天魔組の天狗達・・・
血に濡れた俺の手は、もう二度と戻らない・・・
そうだもっと俺を切り裂け鯉伴・・・・・

けれど・・・天満月を背景に佇む、鯉伴に心惹かれる・・・
白銀の髪が綺麗で、整った顔立ちが美しくて・・・

好きなんだ
ああこんなに、てめぇが好きだったんだ俺は。

欲が出る・・・これがきっと最後だ・・・

「鯉伴・・・」

己の血で染まった手を伸ばす・・・
触れたくて、触れて欲しくて・・・
名を呼んで欲しくて・・・

些細な欲が次から次に出てくる・・・
自分のたった一人に関しては・・・無欲でなどいられる訳がない・・・

引き裂かれた体で・・・

けれど・・・月光がふたたび瞬いて・・・
感じたのは鋭い痛みだった・・・

ぴちゃんっ

血が板張りの床に堕ちる音がやけに大きく聞こえた・・・手には刀は突き立てられた。

常世はその漆黒の瞳を驚愕で見開いて・・・手に感じる痛みが・・・なぜか鋭く胸も抉る・・・
血が滴る・・・それは体から滴った血なのか・・・それとも心からなのか・・・

「俺の名を呼ぶな、虫唾か走らぁ」

侮蔑のこもった鯉伴の視線。

壊れそうだ。

かざした手のひらから・・・すり抜けてゆく・・・
限られた時の中ですり抜けてゆく・・・

その時の常世の哀惜に崩れた表情を鯉伴は何度も思い出すことになる・・・
引き裂かれた体で・・・血を流しながら鵺が艶然と笑う・・・


「あぁ、てめぇの名前なんぞ・・・」


飲み込まれた、その言葉の先を・・・誰も知らない。
大切な、大切なたった一人・・・

これが最後だ・・・

「わりぃが、てめぇに構ってる暇が俺にはなくてなぁ」

途端に、手に刀が突き刺さったまま鵺が動いた・・・刀の根元まで手をグチュッと動かして・・・柄を握る。
激痛であろうに、常世は最後の力を振り絞って・・・その手を引いた・・・

「つってめぇ!!」

鯉伴が反撃に備える・・・

互いの距離が無くなる・・・

その時、微かに・・・触れるだけ・・・

触れるだけの口付けを常世は鯉伴にした・・・

交わされる儚い熱・・・

間近で交錯する・・・驚いた金色の琥珀の瞳と・・・覚悟を決めた漆黒の黒曜石の瞳・・・
それは数日前とは、くしくも逆であった・・・

『てめぇが好きだ・・・俺のもんになっちまえ・・・』

囁かれた言葉が・・・遠い時間が過ぎて行く・・・
永遠とも思えるような時間・・・

『清水の舞台・・・死ぬ気でやれば何でも・・・』

その言葉を・・・常世は心の内で反芻する・・・

そして、忘れないように、焼き付けるように常世は口付けたまま鯉伴を見詰めて・・・
そのすぐ後には・・・闇が包んで・・・鯉伴の目の前で常世は掻き消えていった・・・

「卑怯者がっっ」

鯉伴は叫ぶが、刀は手を犠牲に押さえられていて、如何する事も出来ない・・・

その時・・・一瞬、消えるほんの一瞬だけ常世が儚く、笑みを零した。
この腕の中で鯉伴を見詰める。その表情に息を飲む…

なぜ。

どうして・・・

そして常世が掻き消えた場所で鯉伴は立ち竦んでいた・・・

「どうして・・・てめぇは俺をそんな目で見やがる・・・」

けれどその問いに答えられる者はいなくて・・・夜風が鯉伴の頬を撫でていったのである・・・

どうすれば良いのか・・・鯉伴には、わからなかった・・・



常世は一瞬にして、京の花開院の本家の庭に現れていた。

「約束を果たしに来たぞ・・・秀元・・・」

それに邸の主は「待っとりました」と笑った・・・




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