この身の終わりに…(泰明)
いつごろだっただろうか…友雅と真貴の関係が他の八葉と違うと気付いたのは…
それは微かなこと…例えば真貴が慣れない十二単を着た時など友雅がさり気無く側に寄り添い手を貸していた…
密やかで…甘い…それを羨ましいと思ったのは…『心』が芽生えたからだろうか…
『心』が芽生えて…私が真貴を大切にしたいと思った時には…既に手遅れで…
何故…何故…こんな『心』など知ったのだろう…知らなければ知らないままで…いられたのに…知らないままで…こんなものなのだろうと思えたのに…
でも真貴を視界に見つけるだけで心がさざめく…
その漆黒の瞳が私を見て微笑するだけで…暖かく思う…私に『心』をくれた…それだけで…幸せだと『心』が叫ぶ…真貴の何も奪うことなく…真貴を見つめること…それは不幸ではない…
真貴…ずっと、ずっと願ってる…想ってる、たとえ私が朽ち果てても…お前が幸福であることを…
しばらくして…京の平和が成された数年後…ひっそりと一人の陰陽師が亡くなった…稀代の陰陽師として名を馳せた彼の名は…
安倍晴明…
彼の死は真貴の耳にも伝わり、ひっそりと葬儀が執り行われた…
そしてその数日後…シトシトと小雨が降る秋の夕暮れだった…
真貴はカタンッとした音に気付いて土御門の寝殿を出た…そこには…雨に艶やかに濡れた泰明が呆然としたように立っていた…
「泰明さん?」
真貴の言葉にも反応が無く…幼子のように立ち尽くしている…
そんな泰明の様子に真貴は眉を寄せると…彼のすぐ目の前に来た…
「晴明様が亡くなって寂しいんですね…」
晴明の死が泰明の『心』に重たい影を落としているのだろう…そう想った…そして真貴は優しく懐から白絹を出すと…泰明の濡れた体を拭き取る…泰明はしばらくそれを受けていたが…
「真貴…私はもう駄目だ…」
その寂しさの溢れた言葉が…真貴には辛かった…なんとか泰明を慰めたくて言葉を紡ぐ…
「泰明さん、大丈夫ですよ。私も他の八葉もいますから…頼って下さい…」
「違う!!」
途端、泰明が叫んだ…普段こんな風に人に感情をぶつけることをしない人なのに…何が彼の『心』をそんな風にさせるのか…
「違うのだ…真貴…頼るとか、そういうことじゃない…私は以前、お前に言ったな私はお師匠によって創られたのだと…」
わけが分からなかった…何故、急にそんなことを話すのだろう…たとえ泰明が創られた存在でも…泰明は此処に居る…真貴の目の前に…話して…触れたら暖かいのに…
そして次に泰明の口から出た言葉は真貴を戦慄させた…
「私は…『心』だけが人になっただけだ…体は違う…お師匠が死んで私を構成する核が無くなった…私はもうじきに消える…」
初めて会った時、綺麗な純化された水晶のような人だと想った…
「嘘…」
そして不器用でも必死に私を守ってくれる姿に信じられる人だと想った…
「嘘ではない…今も必死に術で保っているのだ…」
私の目の前に掲げられた指は…透けていた…
ゾクリッと恐怖が心に張り付いて…喪う恐怖で私は泰明さんに縋り付いた。それを優しく泰明さんが受け止めてくれる…暖かさに涙が零れた…確かに此処にいるのに…逝ってしまう…次の瞬間にはもう消えてしまうかもしれない…
「嫌!!嫌!!逝かないで!!何で!!こんなに貴方は優しいのに…こんなにも貴方は『人間』なのに…なんで!!いやあぁぁ!!」
縋り付いて、泣いてくれる…真貴…『愛しい』と想う私がいる…お前と出合ってまだ数年なのに私はお前から信じられない程の恩恵をもらった…『人』としての感情…辛さ、悲しみ、そして愛しさ…
…あぁそう私は『幸せ』だ…
…自信がある…
…何もなくしていない…
…この胸に全て大切なモノは全て在る…
「真貴…」
優しい吐息で呼ばれる…大切そうに呼ばれる…私の名前…振り返れば…いつも貴方は優しかった…消えないで…私が出来ることがあれば何でもするのに…でも分かってる…泰明さんは最期まで諦める人じゃないことを…最後の最後まで未来への方法を探して…それでも無理で…最後の最期に此処に来たのだろうことを…知っていた…
「私は世界で一番、真貴が大切だ…」
少し見開いた漆黒の瞳…そして…涙を溢れながら…私の好きな微笑を頬に乗せ、囁いてくれた…
「私も泰明さんが大切です…」
それだけで良い、と想った…真貴のそんな優しい言葉だけで死んでゆける…
「ありがとう…お前の存在全てに感謝してる…」
だんだん透けてゆく…色違いのオッドアイが…滑るような髪が…ただ黄の宝玉だけが金色に光を放っていた…
真貴の腕の中の暖かい感触も薄れて…
「泰明さん、泰明さん、泰明さん…」
『すまない…もうお前を見れない…もうお前に触れられない…それだけが…わ、た…』
サラッと気が流れた…暖かい熱が真貴は自身の腕の中で消えたのを感じた…泰明さん…大切だった…優しい『人』…
「いやあああぁぁぁぁ!!」
慟哭が響き渡る…それに気付いた他の八葉が真貴の元に来たのは暫らく経った後だった…
この想いを…何て言えばいいのだろう…お前の存在に感謝してる、お前がただ側に在りさえすれば私は良かった…そう深く想っている…
…お前が幸せであるように…お前が私にくれたモノ以上をお前に返せなかったのが悔しくて…ただもうお前に会えないのが辛い…お前に触れられないのが辛い…ただそれだけが…
…真貴…
…いつまでも想ってる…
たとえ私が消えても…
この想いだけは存在したのだから…
愛してる…
私の『死』がお前に優しく受け入られることを…
END
◇