雨(知盛)
それは振り返れば本当に偶然の出来事だったように思う。
俄かに曇りだした空を見上げると…雨が今にも降りそうで。
その風情も好きだけれど、面倒だという思いが頭をもたげる。
そう思ってしまう…雨は疎ましい。
滾るような血のやり取りを覆い隠してしまう。
切り裂いた身体から流れ出る赤い血潮を雨は洗い流してしまう。
そんなことをフッと数年前に知り合った『兄上様』に話したら、『お前の頭の中はそれしかにのか』と呆れて言っていた。
そこで知盛は自嘲するように口の端を持ち上げた。
くつりっと嗤う。
俺の中からそれを取ったら一体、何が残るというのだろう。
知盛は自身の手をゆるく握った。
この手から。
さらりっと手の平から零れ落ちる感覚…あの感覚、それだけ…
それだけが、俺に生を感じさせてくれる…
死の背後にだけ、俺は生を感じる事が出来る…
無数の死のなかにこそ生は輝くのだから。
知盛は曇天の空を見上げる。
ザアァァァァァ
降り出した雨を倦んだ目で見つめる。
雨音が酷く繊細な楽器のように鳴っていた。
少し知盛を慰めるかのようであったが、それも知盛はすぐに飽いた。
もっと俺の血を滾らせるモノは無いのだろうか…
でもソレは,たった今,期待出来そうに無い…
それにフゥと吐息を吐いた…
その時だった…
パシャンと雨の中をこちらへ向かってくる足音がしたのは…
雨音が酷く響いて…
そう思い視線を向ける…
顔を上げる女に何故か遠く逢った事があるような気がした…
漆黒の瞳…桜色の唇…白磁の肌…
漆黒の髪,今は濡れて艶やかな輝きを放っている…
もしかしたら常にそうなのかもしれないが…
一目見て『抱きたい女だ』などと想う…どう言えば良いのか判らないが…
妖しい美しさとでも言うのか…清雅な美しさとも言うのか…そんな相反する美しさが女には混在していた…
だからかもしれない…滅多に無い気紛れを起こしたのは…
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◇運命の流転のなか何度も貴方と巡り会う・・・
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雨の中、立ち尽くしてる人。
私はこの人を知っている。ずっとずっと知っていた…
彼の白銀がかった髪が雨を含んで光っている…
その間から漏れる鋭い目線に…
心が…
射抜かれる…
彼の手が伸びる…
それは緩慢だったのかもしれない…けれど私は動けなかった…
腰に回される力強い手に心かで掻き回される…
吐息が…
奪われて…
雨が冷たく降り濡っている…
ただ交わされる唇の熱だけが私を煽った。
舌を絡ませて、柔らかく刺激をされて、どちらの熱なのかすら溶けて分からない。
FIN
◇