王子様 / 白石



白石蔵ノ介くんは、入学してから一目見た時から私にとっての王子様だ。それはいつ何時でも、そして何処の誰を見るよりも。私の瞳に映る彼はキラキラとしていて、見ただけで幸せな気持ちになって、いつも彼の事を目で追っている私がそういうのだから、それは紛れもない事実だった。
でもだからと言って、決して彼とどうこうなりたいなんて事は思わなかった。もちろん白石くんよりも素敵な男の子は、私の世界には残念ながら存在しない。でも隣りに立ちたいのかと言えばそれはまた別の話で、友人に「好きなの?」と聞かれれば首を捻って答える。
彼が王子様なら、私はシンデレラではない。舞踏会には出向いたもののお眼鏡にかなう事無く、ダンスを踊る二人を眺めるモブといった所だから。


「問八、解けた?」

しかし、そんな私の周りに変化が起きる。三年生で、白石くんと同じクラスになってしまったのだ。見れた日はラッキーだったはずが、毎日見れる。友達と話して笑ったり、当てられて前で板書する真剣な顔も見れるし、寝ようと目を瞑っていても声が聞こえてきてしまう。それは私にとって嬉しい事だったのだけど、こうなってしまうと逆に厄介な事になってしまった。前までは遠くから眺めていたのだから気にならなかったけれど、どうしても前のように凝視は出来なくなってしまったのだ。

「あ、まだ…」

隣りから声を掛けられるのは、席替えから1ヶ月経った今でも慣れる事は無かった。ノートから顔を上げると、彼がシャープペンシルを持ってこちらを見ていた。


そして白石くんと同じクラスになってから、事件は起きた。列の最後尾の窓際の席になった私の右隣に、なんと白石くんが来てしまったのだ。もちろんこのクラスになってから、割と男女分け隔てないせいか何度か話す事はあった。でも、隣の席となるとそんなのとは訳が違う。「よろしゅうな」そう笑ってくれた白石くんを見た次の休み時間の記憶は全く無いのに、私に向けられた彼の笑顔だけは瞼を閉じても離れる事はなかった。あの笑顔を見れたらもう死んでもいい。本気で思った。


「あ、やっぱり?この間この辺りわからへんって言っとったから」

そう言った彼の笑顔は、今日も私にしっかりと向けられている。そして白石くんが言ったようにここ辺りは私にとって苦手な所で、応用問題になると途端に手が出なくなってしまうのだ。

「……」

本当は、解けたよって言った方がいいんだろうけど。例え王子様から一人の女の子として目を向けられる事の無い存在だとしても、少しでも彼からは良く見られたいという乙女心が私にもあるから。
でも今そんな嘘をついてもすぐわかってしまう。明後日の発表では私の列が当てられる事がわかっているのだ。

「俺もう出来たし、教えられるから一緒にやらへん?」
「え、いいの?」

うん、もちろん。頷いてから顔を上げた彼がそう言って椅子を引っ張ってきてくれる。
隣の席になると、白石くんはやっぱり想像に違わない王子様だった。私にも気軽にいつも声を掛けてくれるし、おはようの笑顔に至っては毎日無料配布だ。見るだけで今日も一日ありがとうと思えるような豪華なものを毎朝貰えるなんて、宝くじが当たるよりも彼の隣の席は幸せな気持ちにさせる気がする。最初は死んでもいいって言ったけど、この席にいる限り絶対に死ねない。心からそう思った。
そんな事を思ってからすぐにあった数学の授業。苦手だった私は答えられなくて、結局私を飛ばして隣りの白石くんが答えてくれたんだけど。「さっきの所、わからへんねやったら教えたるで」授業終わりにそう声を掛けてくれて、そして教えてくれたのだ。それからも数学では大抵困っている私に声を掛けては、いつも教えてくれている。とても恐れ多くて頑張って解こうと思うけどわからないし、それに何より、憧れの白石くんにこんな事をして貰えるなんてもう二度と無いから。そう思ってその行為に甘えていた。

「わ、すごい、解けた…」

そして今日も、無事に教えて貰ったお陰で問題は解く事が出来た。すごい。白石くんは、こんなにかっこよくて優しくてキラキラしてるのに、頭も良くて。神様は白石くんを産み落とす時代、もしくは国を間違えたに違いない。こんなに素敵な人間は、一国の王子様として扱われなきゃいけないのに。

「今日も、本当にありがとうございました」
「あ、ううん。ええよ」

って言うより、と続けてから小さく唸り声を上げる白石くん。

「俺的には声掛けてくれた方が嬉しいなって思うねんけど」
「……あ!そうだよね、いつも気を使って貰ってごめんね」
「あーいや、ちゃうちゃう。そういうんやなくて」

そう言って今度は自分の顎を摘んで、もう一度うーんと唸る。

「いつも俺ばっかり話しかけとるから、少し寂しいなって思って」

困った様に彼は眉を顰めて笑った。あんまり見ないその表情に、簡単に私の胸は高鳴る。

「えっ、でもそんな……その、私なんかの為にそういう風に思わないで欲しい」

……です。最後の言葉まで彼の目を見て言うのは何だか恥ずかしくて、最後の最後にノートの上の消しゴムへと目線を移す。だってそんなの、過ぎた言葉だ。私は遠くから彼を眺めているだけの、大勢いる女子の中の一人なのだから。

「白石くんが寂しいなんて思うの、勿体ないよ」
「……勿体ない?」
「うん。だって私なんてただのモブで、白石くんは王子様だから、モブの私の事はこう、銅像とかそんな感じに思って欲しいなって…」

そこまで口に出して、ハッとする。こんな事、本人に言う事じゃない!

「銅像?」
「え、あの」

目を丸くして私を見ていた彼は、そう呟くと直後に小さく吹き出した。

「銅像は流石に無理やなぁ」
「そうだよね、うん、ごめんね変な事言って…」

ああもう最悪。なんであんな事言っちゃったんだろう。ただのモブから変な人へ格下げだ。流石の王子様でも。

「ううん。俺、全然王子様やないからそれは無理やなって」

首を数回横に振った白石くんが、再び私に笑顔を向ける。

「……でもそうやなぁ。自分の言葉を借りるなら、王子様にも好きな子はいると思うし、王子様が選んだならそれが例え本人がモブやと思とってもお姫様なんやない?」
「……」

私を見つめる彼の目が、何だかいつもと違うように見える。けれどそれはもしかしたら、私が可笑しいからかもしれない。……そうだ。そうに決まってる。

「なんて、流石に恥ずかしいな」

そう照れた様に頬を赤らめる彼だけど、決して言った事を否定する様な事はしなかった。

「とにかく、俺は自分から話し掛けて貰えたらなって思っとるから」

口元を緩めて、でもちゃんと私の目を見て言ってくれて。発表の時間が来て、彼は自分の席に戻って私も黒板へと目を移す。明日の朝は、私からおはようと言おう。そう心の中で決めながら。

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