誕生日 / 越前
(25歳くらいのお話です)
「誕生日、何か欲しい物ある?」
そう彼が聞いたのは、私の誕生日までまだ半年は程期間がある時だった。
「ええ?」
私の誕生日まで半年あるという事は、前の私の誕生日から半年しか経っていないという事だ。
リョーマと付き合って7年の月日が経った。
その間に学生だった私は社会人に、同じく学生だったリョーマはプロテニスプレイヤーになった。大学へ行かずにアメリカを拠点にした彼に私がついて行く事は出来なくて、それからは年に数回しか会えない日々が続いていた。
「いや、流石にまだ早くない?」
そして特に今年は、リョーマにとって初めてとなるグランドスラムが掛かっているお陰で例年以上に会えていない。次にいつ会えるのかも分からないし、せっかく今は久しぶりに会えているのだ。半年も先の私の誕生日の事なんて正直言って今はどうでもいい、と言っても過言では無かった。
「早くないでしょ、別に」
「えー、だってまだ半年も先だよ?」
「こういうのは早いに越した事ないから」
ソファに身体を預けていた彼は、そう言って身体を起こすと私を見つめた。
「そうだなぁ…」
「あ、去年のネックレス、本当決めるの大変だったから今年はそういうのは無しね」
私の首元へと手を伸ばし、昨年自分であげたネックレスを指に引っ掛けると口の端を上げて。
「これ、毎日つけてるよ」
「うん。時々送られてくる写真でいつも付けてるから、つけてるんだなって思ってた」
嬉しい時に表情だけじゃなく、声色まで優しくなる彼の声が私は好きだ。昔から、それこそ付き合う前から幾度となくキュンとさせられてきたのに、未だに私の胸は反応してしまう。
「可愛くてね、皆にも褒められたんだよ!」
「うん」
「リョーマがこれ選んでくれたんだなって思うだけで凄く嬉しくなるし」
「ん」
「だから肌身離さず、ずーっとつけてるんだよ」
「じゃないとなくしそうだしね」
「ちが、そういう意味じゃなくてね!」
「……うん、わかってる」
私に向かって手を伸ばし、そのまま彼の手が自分の胸へと私を引き寄せる。
「送られてくる写真見る度、俺、ネックレスをつけてる所見るだけで嬉しくなってるから」
とくん、とくん。
おでこに当たる彼の胸からは、心地よい心音が聞こえてきていて。
「ありがと」
大きくなったリョーマの手が私の頭を撫でる。
その手はとても心地が良くて、このまま時が止まればいいのに、と何度思った事だろう。
「今年は全然会えてないでしょ」
「…うん」
「だから、っていうか、それでも毎日なおこの事は思い出すし、考えるし」
撫でていた手が止まって私は彼を見上げた。大きな猫目が私を捕らえると、私は金縛りにでもあったかのように彼から目が離せなくなる。
「でも会えない期間が長い分だけ、ただ漠然と会いたいとか顔が見たいとか思うのは嫌だから」
彼が近づいてきて、反射的に目を閉じた。柔らかい感触をおでこに感じる。
少し早く考えてよ、俺の為にも。目を開けると、私を優しく見つめるリョーマがそう付け足した。
……ああ、やっぱり、私はリョーマの事が大好きだ。
「リョーマ」
「……え?」
少し間が開いて、私に聞き返す彼は小さく首を傾げる。
その動きはまるで彼の家で見た猫の様で、それだけで愛おしさが込み上げるのだから困ったものだ。
「リョーマが欲しい」
「……」
「誕生日、何にもいらないから、リョーマが欲しい」
昨年も一昨年も、リョーマと一緒に誕生日を過ごせていない。それはリョーマが悪い訳でもなく、私が悪い訳でもない。お互い住む国が違って、仕事があるのだから仕方ない事だ。
だからこれが私のわがままだっていうのは、充分にわかってる。…でも、こんなに会えないのなら、誕生日くらい会いたいと言ってもいいじゃないか。
「……俺、アンタにもうあげてないもの無いんだけど」
両手を広げて困った様な仕草をする割に、リョーマの顔は明らかに笑っている。
「本当に?本当にない?」
「無いよ。俺が言うんだから間違いない」
「……」
むむむ、と見つめても、変な事を言う奴だとしか思われてなさそうだ。
……でも、無いなら無いで正直嬉しい。
どうやらその気持ちがだだ漏れだったらしく、何にやけてんの、と鼻を摘まれたのだった。
***
そしてやってきた、誕生日。私は有給を目いっぱい使い、何度かのアメリカにやって来ていた。
「ご飯どうだった?」
「美味しかった!すごく!」
私がそう言うと、ふっと笑った彼が手を差し出して来た。
私の誕生日ももうすぐ終わる。
一緒に色んな所を見に行って、夜になったらリョーマの家の近くのレストランでご飯を食べて。
リョーマが隣りにいて、笑って話して触れ合える、そんな幸せな時間もあと少しだ。
今までの中で一番長くアメリカに滞在している今回は、リョーマが練習に行くのを見送ったり普段リョーマが買い物に行ってるスーパーでへ行ったりと、リョーマの普段の生活の様なものも体験した。
新鮮だった。そしてリョーマが練習に出ていくのを見送る事が、なんだかとても嬉しかったのを覚えている。
「ねえ、俺、なおこにあげてないもの無いって言ったの覚えてる?」
手を繋いで、星空の下を歩きながらリョーマの家へ帰る。
……夢のようだ。
目に映る全てが綺麗で、余りにも嬉しくて、私は心からそう思った。
「うん」
「……あれ、撤回する」
撤回、する?
家に着き、鍵を開けた彼は、確かにそう言った。
「え、」
どういう事だろう。撤回する、なんて、どうして今?
玄関に入ると、当たり前だけど中は真っ暗だ。
先に入っていくリョーマの後を追おうとするも、さっきの言葉がどうしても頭から離れない。
鍵を掛け、しかしそのまま部屋へと足を踏み出す事が出来ないのだ。
「どうしたの?」
「え、あ……」
部屋に入ってこないのを不思議に思った彼が私の手を取り、そのまま部屋へと連れていかれる。
部屋に入ると、いきなり彼がこちらへ振り返った。
「……」
私を見つめるのは、大好きで堪らないリョーマだ。
まるで条件反射とも呼べる程にドキドキと高鳴る胸は、それだけで先程の言葉なんて忘れてしまいそうになる。
「あれから何あげようかって考えて、思った」
「ん…?」
「俺はもうあげてるつもりだったけど、でも、まだ約束はしてないなって」
そう言って彼は、テーブルの上に置いてある小さな箱を手に取った。
う、うそ、だって、まさか、……え?
彼の動きと彼の顔とを何度も交互に見るけれど、頭の理解が全く追い付かない。
「これから先の俺の隣り、貰ってくれるよね?」
大好きな彼の笑みと共に目の前に差し出されたのは、小さな箱に収められた、この世界で一番綺麗に光るものだった。
友達の誕生日に書いたお話です。プロポーズとか恐れ多くてあんまり書きたくなかったのですが、欲しいものを聞いたら「リョーマさん」と言われたのでこうなってしまいました。でも実は、お気に入り!(1223)